2011年12月31日土曜日

基地街

気が狂うという意味で、キチガイと打ち込み変換させたところ、基地街としか変換できなかった、
気狂い、と変換するものだと思っていたのですこし違和感を覚えた(実はこれはウソ、以前にも同じことをやっていて変換できなかったのは既に確認済みなのだ)。

このような漢字変換に伴う差別用語の撤廃というのか、漢字変換をできなくさせた例は他にも幾つもある、
小人もそうだった、
さまざまな肉体的ハンディキャップを負った人々の一般的な呼称だと思われていて、以前には普通に使われていた言葉が、まずテレビやラジオ、新聞から消えた、

当然テレビ中継された演芸の世界からも追放された、
テレビ中継されていない場面では、そのものずばりの呼称で演じられていたのだが、

少し脳がヨワイ好青年を与太郎という、、、
 八っつあん、熊さん、大家さん、知ったかぶりのご隠居、大工の棟梁(頭領)、とおなじみの落語の世界、
お袋に世話ばかりかけていっこうに働こうとしない与太郎を、大家さんがみかねて説教する、
「おまえね、いくつになったい」
「あたい、あたいはね24歳」
「24にもなって家でぶらぶらしてるって、どういう了見だい。ええっ、お袋が泣いていたぞ」
「あたいも悪い男だ」
「なんでだ」
「年増を泣かせる・・」

「だからお前はバカだってぇんだ」 (え~ただいま演目最中に不謹慎な用例がが用いられました、謹んでお詫び申し上げます)
こうなったら、それはもう芸ではない

そうした世間の風潮に抗議し筆を折った作家もいた(これを書いている時点ですでに復帰している)、

言葉だけを陽のあたる場所から隠してみても、そのハンディキャップを抱えている人々が置かれている差別的な状況から掬わない限り(救わない、でなくて)、差別的構造の改革にまるで意味をもたないのは当然だろう、

言葉の差別的な用法を無くしたから差別がなくなりました、私たちは差別はしていません、
これって、どこかおかしい、じゃない?


小人プロレスという興行が以前存在した、
なぜか女子プロレスと同時に興行されていたのだが、その可笑しさといったらなかった、
審判の股ぐらをかいくぐり、相手の足を蹴る殴る、全く効いてもいないパンチ(だと思えるのに)にすぐ倒れる、
スポーツとは真逆のその演芸の世界を見て腹から笑ったものだった、
このプロレスが中止になったのは、身体的なハンディキャップを見世物にしているから悪だとのご意見からだった、

ご意見はご意見でけっこうなのだが、興行が中止になり(会場は公共の場である市立体育館だとか、区立スポーツセンターなどが多かったのだが、そこでの会場使用を断られたのだ)、そしていつしか無くなり、それで実際に困ったのは、ケッコウなご意見を宣(のたま)ったごリッパな人々ではむろん無く、そのプロレスで実際に芸を演じ、そこから収入を得て妻子を養い生活をしていた、多くの小人とよばれたハンディをもった人々だった、
ということに、どうして気がつかないのだろう 、、


「プロレスの仕事が無くなってからどのような生活をしていましたか?」
「えっ、結局さあ、生活保護しかなかったよ・・・」

自立の道を閉ざしておいて、生活のスタートラインを健常者の遙か後ろに引いておいて 、言葉での差別はなくしておいたのでこれで公平です、さあ、ドンと鳴ったら同時に走りましょうだ?

ふざけるな、その思想こそが差別の根源だろう!!



2011年12月26日月曜日

年末忙々

明日、明後日、あと二日仕事をすると年末休みとなる、
今年はなぜか、年末に近づくにしたがって仕事が増え、12月28日の最後の最後まで仕事が出てきた、
こんな年も珍しい、
世間では仕事がなくて困っている人も大勢いるときいている、
仕事をやる気がなくて仕事がないのならそれもいいのだろうが、やる気はあるのに仕事がない、労働者にとってこれほど辛いこともないだろう、

仕事に恵まれた後半を思えば、ぼくにとって今年は良い年だった、

これほど仕事をしてもしても、まだ会社を維持する経費が足りないという意見も身内から上がっているのだが、はっきりいってクソクラエ、
仕事があって仕事をもらえ、三度三度のおまんまに困らない、暖かい布団に寝られて暖房の効いた部屋でテレビを見ながらアハハオホホ、これほど結構なことはないじゃないか、
というのがぼくの言い分、
少なくとも、この厳寒の季節に草を枕に身を横たえる ホームレスの人のことを思え、なのだ

上をみたらきりがない、
身の丈に合った生き方暮らし方をし、世間の義理を欠かさず恥の心を忘れずに過ごしていくのなら大過はない、

1月の5日から仕事を手伝ってほしいと頼まれた、
今年やり残した仕事の追加注文も1月半ばに一件あるし、2月にはつくば市での一ヶ月にわたる長期の実験も決まっている、

ますます忙しくなりそうな2012年なのだよ 小林少年くん!

2011年12月23日金曜日

書くほどのことはないのだが

昨日は忘年会、我孫子駅前の「八ちゃん」という店
魚介類も豊富で、なぜか焼肉もできるメニュー豊かな店だった
二時間ほど楽しんだあと、帰宅した

ただ飲んでいるだけではつまらないので、昭和の忘年会を模擬して遊ぶことにした

昭和の忘年会というのは、
まず若い社員の口から会社への不満が出る、それが散々出尽くしたあと、それを黙って聴いていた上司から説教が始まる
その説教にさらに不満を募らせた社員が、なぜぼくらのことをわかってくれないのですか、と泣き出す、怒り出す、いきなり立ち上がり上司に詰め寄ろうとする者があり、テーブルの酒やつまみが飛び散る・・・

というものなのだが、素人のにわか演技なので迫力もなく 、普段通りの和気藹々とした仲良し飲み会になってしまった
イカンなあ

2011年12月19日月曜日

将軍の死

北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の指導者で、最高権力者といわれてきたキムジョンイル氏の死が報道された。
指導者なのか、救国の英雄なのか、よくわからない、
ただ、ぼくの目に偉大な人物だと映ったことは一回もなかった。

拉致問題、国内における飢餓問題、国際社会から隔絶したかのような国策と、核施設問題に見られた強引とも思える政策などなどからではない。

父親から移譲された国家のトップという安楽な椅子に座り続けた、少なくとも指導者などでなく、部族の長がふさわしい人物、まるで小者、肥満の身体をもてあまし気味に朝鮮民族の犠牲の上にあぐらをかき続けた人物、

そんな印象しか持ってはいない。

友人には、日本で生まれた韓国籍の人、朝鮮籍の人がいる、韓国からの留学生も何人か知っている。
その中で交わされるキムジョンイル氏への評価は、どのようなものか。
実は全くといっていいほど、話題に上らない。

朝鮮籍の人の場合、太平洋戦争に敗戦するまでの日本の天皇と同じように神格化されたその像を、臣下たる一般市民が口にするのも畏れ多いということもあるのかもしれない。
それのせいか、キムジョンイル氏についてあれこれと言うことをきいたことはない。
北朝鮮と国境を接する大韓民国の場合、事情はいくらかは深刻かもしれない。
第二の朝鮮戦争の可能性が全くないとは言い切れない、きな臭い関係に常にあるからだ。

世界に一つの朝鮮民族が、あの戦争を契機に二つの国に分断されている、それは悲劇の種類に分けるべきことがらであり、少なくとも喜劇ではないだろう。
悲劇はいつか必ず終わるのだと、朝鮮民族は必ず民族の英知と我慢強い辛抱の上に一つになるだろうと、ぼくはそんな夢を持っているのだが、資本主義と独裁主義(決して共産主義などというものではない、世襲制度にあぐらをかき、国家の指導部の中枢を息子に譲り渡す共産主義者などあり得ない)、この二つの体制が一つになることなく、この地球上に対等に平等に存在し続ける、その平和的な可能性の道を、いつか彼らは必ず導き出すだろう。

朝鮮民族のこれ以上の分断と、混乱からの流血を望まない立場から、ぼくは今後の朝鮮の動向を注視している。


2011年12月14日水曜日

ネイマール

 



























今後の10年間、世界のサッカー界で最も注目される男、ネイマール
 18歳でブラジル代表になり、今現在、19歳、

あのキング・ペレが「ネイマールは、メッシ(スペイン・バルセロナ)より上だ」と、、、
その才能、そのセンス、教わってできるものではないのだろう、
 それが当たり前だといえばそうなのだけど、努力が才能を上回ることはないのか、という古くからの命題に、才能が答えを出したかのようで、ある意味、哀しい、、

ネイマール、ブラジルの宝、
否、ブラジルの宝ではないだろう、スポーツとかサッカーとかのジャンルを超えて、世界の宝物なのだろう、

相手チームは怪我をさせるなよ、
自身は、おかしな女とできてしまうなよ、
心からそう願う。。

あー、すでに結婚しているんだもね、なら安心だ、
ほんとにそうか?




2011年12月7日水曜日

ノロ

朝日新聞の投稿欄から

野呂さんという読者の方から、ノロウイルスのノロという読み方が姓と同じなので、いじめの対象になっている、ノロウイルスという名前を変えて欲しい、との投稿だった、

大人の世界のことではないだろう、きっと子どものことなのだと思う、
大人が野呂さんのことを、
「ワーイ野呂ってノロウイルスの野呂なんだー 」と、からかわないと信ずる、
日本人の幼児化がそこまで進行しているとは思いたくもないからだ、

子どもの世界は(自分の子ども時代を思い返してみても)、大人が信じているほど、大人が思い込みたいほど、美しくも純粋でもない、

相手の立場とか心情とかを汲み取る余裕も知識もないので、言いたい放題したい放題、
触れて欲しくはない心の傷にまで、どかどか入り込んでいく、
それが子ども、それが子どもの特権、
子どもだから、と許される範囲の中で、大人の守備範囲の中で子どもは人とのつきあい方を学んでいく、
人間との関わり合い方を学んでいく、

お釈迦様の手の平で暴れたあの猿のように、

それが、姓によっていじめ(いじめ?なのか)られるから、世間の通称である病原菌の名前を変えてくれだなんて、そこまでヨワイのかなあ
そこまで、抵抗力がないのかなあ、

世間にはいろいろな人がいる、そのことを十分承知しながらも、その主張は変でしょう、
と、絶対的な自信をもって断言したい自分がいる、

ぼくがおかしいのか、、、

2011年12月6日火曜日

病院通い

 














今朝は、6時起き、飼い猫のがっちゃんが起こしにきた、
いつものことだから、どんと勢いをつけて乗ってきても驚かない、というのはウソ、
寝ているところをいきなり上に乗ってくるので、いつまでも慣れない、

起きるまで、起きてご飯をあげるまで何度も何度も乗ってくるので、仕舞いには根負けして起きる、
毎朝の光景なのだ、
だからこうして書いても大して驚きはないなあ、

今日は病院へ、
11月に診察の予定だったのだが、仕事が忙しく行けなかった、
仕事をしている以上、仕事が中心になる、

仕事が大好きだ、というわけでもないのに、そんなところに責任感が顔を出す、

2011年12月3日土曜日

増える本


 
西荻窪の通称「骨董通り」を散策しながら、目に留まるものといえば、骨董店はもちろんのこと、やはり古本屋さん、
あれば入店してしまう、

家人に骨董眺めをまかせ、ある古書店に入り立ち読みすること、数十分、
この時間は気にならないのだなあ、、


中年の男性が店番をつとめる店内にはおだやかなゆったりとした時間が流れているかのようで、棚を散見すると、レコードの解説書、ポスター類、などに力を注いでいると見受けられた、

それらにはあまり興味がないので、他の棚と店前に並べられた均一本の背中を眺める、
店先にあった、日本むかしばなし集一、二、三を3冊まとめて手にした、
3冊まとまっているので、買う気になった、
昔から、童話とか民話とか好きだ、
ほろっと泣いてしまいそうになる民話も数多い、

レコード関係のコーナーで見掛けた「フルトヴェングラー 音楽と政治」クルト・リース著も購入、
カラヤンの前のベルリンフィルの常任指揮者だった彼、
ナチスに利用されたことが原因で、戦後一時期音楽界から隠遁をよぎなくされた彼、
魔王的だとも表された彼の指揮に、ぼくは強く賛意をおぼえたものだ

他に、小沢昭一さんの「裏みちの花」文春文庫も購入、
表でなく裏と名付け、そこに関心と興味を寄せるいつもの彼がいる、

ネットの通販で、深沢七郎氏の「生きているのはひまつぶし」「言わなければよかった日記」中公文庫を購入、
やっと買うことができたKAWADE夢ムック「武田百合子」天衣無縫の文章家、も購入、
愛読書の一つになりそうな予感が大なのだ、


彼女の文章はあとでまとめて紹介することになる、
多くの文章家たちがみとめ、愛した彼女の文章のどんなところが好かれたのか、
自分なりにまとめて思いを強くしたい、

2011年11月27日日曜日

日曜の朝だから




東京おとぼけキャッツという、コミックバンドのような、本格的な音楽も聴かせるバンドが昔あった、
リードボーカル&MCをしていたダディ竹千代さんが、新橋にライブバーZZ(ジージー)を開いたと、どこかで耳にした、
新橋といえば足繁く通ったこともある街、何軒かのなじみの飲み屋、ショットバー、カウンターバー、割烹もある、

駅前ビルの地下にあった「ガス灯」、白髪のマスターがカウンターの中でひとり、黙々と仕事をしていたっけ、
オトナの街だもね、新橋は。

で、いつか行ってみようと思っているZZなんだけど、その前に、東京おとぼけキャッツのライブから、、

この人もオーティスが好きなんだろうなあ、、好きでなければここまでコピーはしない、
DADADADADADA,GAGAGAGAGA どっちなんだかわからないけど、リズムと曲のノリでどっちでもいいのだろう、

清志郎くんがステージから叫んでいた「愛し合ってるか~い」、
実はオーティスが本家だということ、それを知った清志郎が、かっこいいなあと真似を始めた、
その元になった本家オーティスの「愛し合ってるかい」も生で聴ける(笑)、


2011年11月25日金曜日

ある光景


テレビをみていた、
警察ものと呼ばれる(呼ばれていないか)、警察官の勤務に密着しドキュメンタリー風に仕上げた夕方の番組だった、、

自動販売機の前に不審な人物がいる、との通報を受け現場に急行した○○巡査、
○○が目にしたものは、この寒さだというのに肩と腰の周り一部に布を巻いただけのほとんど全裸の男性の姿、
モザイクで本人の顔は隠されているものの、画面には髪の毛は伸び放題のホームレスと思われる男性が映し出されている、

婦人警官の声で「この人、耳が聞こえないみたい」と、
筆談での職務質問が始まり、半裸の男性は耳が聞こえないこと、自動販売機の下に転がっている(はずの)小銭を探していたことなどが、事情説明される、

猥褻物陳列罪にあたるなあ、とは、○○の独り言、

ホームレスだもの、服を誰かが呉れないかぎり服なんか買えないじゃないか、
服を買う金があったらなにか温かいものでも腹に入れるのに決まっているじゃないか、

厳重注意だけしておくか、これも○○の言葉、

半裸の男性はそこから立ち去るように求められ、半裸のままわずかな荷をもってそこから離れていった、
テレビ画面にはモザイクを掛けられた立ち去る男性の姿が大写しになり、そこで終わった、

厳重注意って、なんだよ!
猥褻物陳列罪って、なんだよ!

聾唖のホームレスが元の半裸の姿のまま、立ち去っていくのに黙ってみているのかよ、
警察の任務って、違反者を捕まえるだけで、困っている人を助けることはしないのかよ、

「砂の器」の、あの巡査を見習え、彼の爪の垢でも煎じて飲め、、

見ているだけで何もできない、悲しくなった、、、


日比谷公園



どこへ行こうとなって、何度か行ったことはあるけれど、じっくり見たことはなかった日比谷公園を今日の訪問場所に選んだ、
野外音楽堂、10円カレーで有名な料理店松本楼、そして近くにはもちろん天皇のお住まいであらせられる皇居が、、

天気は晴れでもなく曇りでもなく散策には、散策なのか、散歩の方があたっているのか、ちょうどよい気候だった、
噂の、皇居一周ランナーたちの華やかなマラソンウェアを横目に見ながら、新橋から有楽町までの一駅を歩いてまわった、

※写真は、中国語が飛び交っていた今日の二重橋、奥にぼくの住まいが見えます、ウソですから。。

若い中国人カップルから記念写真の撮影を頼まれ撮ってあげた、
英語で「私たちを撮して貰えますか」と頼まれたので、オーイエースと応えた、
ピントを合わせ、スマイル~と呼びかけたら笑ってくれた、

ぼくの英語もまずまずなのだなあ、中国人に通じるくらいはあったのだ、


2011年11月22日火曜日

いわば未来の象徴でしょうか






小石川植物園で見掛けた若いカップル、
恋人同士なのか、若いご夫婦なのか、それともただの友人なのか、
親しげな態度からただの友人には見えない二人だった、

もしも結婚していなかったら多分これから結婚するのでしょう、
結婚したらたくさんセックスをして多分子ども何人か生まれることでしょう、
その子どもは二人の未来へと続く道を照らす灯り、日本の未来の象徴、

かつてのぼくがそうであったように、かつてのあなたがそうであったように、愛を語り未来を夢見て、
幸せな一生をおくってください、
心からそう願います、、

2011年11月20日日曜日


小石川植物園







3連休最後の日、この時期の毎年恒例行事、小石川植物園へ散歩に出かけた、
東京のど真ん中、でもないのか、文京区にこれほど広大な公園というか、植物園があってありがたい、
園内は禁煙なのだが、飲食物の持ち込みは自由、
手入れされた庭園もあり池には鯉が放され、お弁当や飲み物をもって出かけて行った、
若い男女のカップルや子どもを連れた夫婦、老年の男女たちで賑わっていた、

花梨の大きな樹があり、その下には熟して落ちた花梨の実ががごろごろと転がっていた、
落ちたものだから拾ってきてもかまわないのだろうと、勝手に判断し、5、6個いただいた、
熟しても固くて渋く生食はできないようなのだが蜂蜜に漬けておくと、喉に良い花梨水ができあがる、
ネットで検索すると、1、2ヶ月でできあがると書いてある、
さっそく我が家でも作ることにした、
お正月には甘い花梨水が飲めるはずだ、

※写真は、落ちている花梨、ねっ、たくさん落ちているでしょ
 花はコダチダリアという花らしい、名札が付いていたので確かめた、
 東京大学だもの、間違いはないでしょう(笑)

2011年11月18日金曜日

久しぶりの3連休






何日も深夜までの作業が続き、体力的にへとへと、、
土曜日も出勤、祭日も出勤だった、
自分らの仕事の分担を早く終え、今日から3連休とした、
実験の準備としてはまだまだ作業があるのだが、本来するべきチームにまかせ(そこにも手助けしていた)、休ませてもらった、
昨日は3連休をあてこんで、久しぶりのはしご酒、
ひらまさの刺身で日本酒一合、そのあと、河岸を変えてウイスキーの水割り、さらにもう一軒、、

肴を出す小料理屋には客の数もそこそこ入っていたけれど、カラオケ主体のスナックでは、どこの店も客はぼく一人だけ、
飲み助の常識で次の客が来るまで場をつなごうとしたのだけれど、いつまでたっても誰も来ない、
酒を飲みながらだから、あんまり待っていても身が保たない、
ママを一人残して帰宅した、

どこの店も客数が減り不景気だとの話をきいた、
日本全体が不景気だからスナックで飲む客が減る、客が減れば酒屋への注文が減る、めいめいの収入が減るから買い物もしなくなる、
小難しい経済用語を用いるなら、消費者による購買意欲の減少、とでも表現するのだろうか、

負の循環はこうして止まることなく回り続けるのだろう、
ぼく一人が三軒はしご酒をするくらいでは止めようもない、、

※ 写真は草むらに身を休めるこおろぎ、古名では”ちちろ”という

ちちろ鳴く帰らぬ人の靴の中   友人の句

2011年11月14日月曜日

ダンマパダ 3






ブッダによれば、真理には4つの局面があります、

苦諦(くたい)  この世はひたすら苦しみであるという真理
集諦(じったい) その苦しみを生み出す原因は心の中の煩悩だと知ること
滅諦(めったい) その煩悩を消し去ることで苦が消えるという真理
道諦(どうたい) 煩悩を消滅させるための具体的な8つの道を実践すること

人間は誰もが老い衰え、病気になり死んでいく、
それは避けようがない事実、
その事実を正しく受け入れることができるように自分の心を変えていく、
それが苦しみを消す唯一の道だ、と教えます

道諦でいわれた8つの具体的な道を紹介します、

正見(しょうけん)     正しいものの見方
正思惟(しょうしい)    正見にもとづいた正しい考えをもつ
正語(しょうご)      正見にもとづいた正しい言葉を語る
正業(しょうごう)     正見にもとづいた正しい行いをする
正命(しょうみょう)    正見にもとづいた正しい生活を送る
正精進(しょうしょうじん) 正見にもとづいた正しい努力をする
正念(しょうねん)     正見にもとづいた正しい自覚をする
正定(しょうじょう)    正見にもとづいた正しい瞑想をする
以上です、

正しいものの見方も、正しい生活も、もちろん正しい努力もしていないぼくが、披瀝しても少しの意味ももたないことを百も承知で、紹介してみました、

どこにも、信者を増やせとか、寄付を募れとか、同じ新聞を何部も購読しろなどとは書いていません、
まして病気が治るだとか金持ちになれるだとか書いていません、
むしろ病気も貧しさも死さえも受け入れなさい、と、そう読むことができます、

これを読み実践するのならば、さあ、あなたも今日からブッディストです、
ぼくには、ちょっと無理かもです、ははは、

いくつかの別の感想があります、
ひとつは、飢えた子どもにとって、ブッダの教えは有効なのかということです、
正見よりも、正思惟よりも、一杯だけでいい飯をくれ、正しい教えよりもまずは食事でしょう、
もうひとつは、食欲、性欲、睡眠欲、これら人間の本能をも煩悩だとしてブッダは拒否するのでしょうか、

飢えた腹を抱えた子どもを前にして、ブッダはどのようなことばを、教えを、態度をとるのでしょうか、
そこが気になるところなのです、

立派な芸術も立派な哲学も、もちろん宗教にも、それらに差し出すぼくの踏み絵とでもいうべきテーゼは、
飢えた子どもにとってそれは有効なのかどうか、ということ、

さらに踏み込んでブッダの本を読んでみようと思います、、、

※写真は道の駅「はなぞの」の園芸園で撮ったもの、
自然にこんなに綺麗な赤紫色が存在している、それに感動しました、
花キャベツっていうの?

2011年11月12日土曜日

ダンマパダ 2



ダンマパダとは、バーリ語という古代インド語で書かれた、ブッダの言葉を集めたものの一つ、
ダンマパダの「ダンマ」とはバーリ語で法、真理を意味し「パダ」は言葉という意味なので、
ダンマ+パダで”真理の言葉”となる、
内容は、仏教にしたがって生きる者の基本的な心構えを示したもので、キリスト教の聖書にも例えられる・・、

そのことを説明した小冊子(NHKのテレビテキスト)が、何枚かの便箋とともに、封書には入っていた、

「最近、私は、仏教の、特にお釈迦さまの言葉そのものを最も忠実に再現されたとされるダンマパダに関心があり、京都のお寺に行き一日だけ修行をしてこようと思っています」と、
万年筆の青いインクで、近況と、仏教の教えに感ずるものをみとめそれに近づこうとしている心境とが、丁寧に書かれていた、

テキストを読みながら、ぼくも釈迦の教えに肯くところが多いので、とても参考になった、

ブッダは、紀元前5,6世紀頃、ヒマラヤ山脈の南麓にあった国の王子として生まれています、
本名はゴータマ・シッダッタ(ガウタマ・シッダルタという呼び方もある)といいます、

ブッダとは「目覚めた人」「悟った人」という意味で、最高の宗教者として皆から尊敬されるようになった後の敬称です、

日本にはインド、中国、朝鮮を経て、大乗仏教が伝わってきたのですが、それはブッダの教えとはかなり変形した内容となっています、
変容した仏教とブッダが説いた原初の教えには、大きな隔たりがあるのです

ブッダの教えそのものは、至極簡明で、
人間にとって、老、病、死はさけられないもの、
生まれたその瞬間から、老、病、死に向かって歩き出すのだ、
つまり、生きることは苦なのだ、と、

これがブッダの教える教義の根幹です、

しかもさらに、そのような苦しい世界であっても、どこかに心優しい神様がいて、救いの手をさしのべることなど絶対ない、「そういう救済者はどこにもいない」「不思議な力をもった救済者など、どこにもいない」と、ブッダは言います、

ただ一つのよりどころは、自分、
自分を変えることが唯一の救われる道だと、説くのです、

われわれの苦しみは単に「老、病、死と離れることのできない苦しみ」なのではなく、
「老、病、死と離れることができず、そのうえ誰にも救ってもらうことのできない苦しみ」だというのです、

拝めば病気が治るだとか、お金をたくさん出せば極楽に行くことができるとか、特定の政党に投票すれば幸せになるといって脅す、凡百の新興宗教と比して、なんという苛烈な教えでしょう、

神秘的な事例や荒唐無稽な作り話で固められた、他の宗教と比べ、その科学性は一段も二段も高い位置にあります、
また、真理の前には素直に頭を下げる真の意味での謙譲心、
なるほどと、砂地が水を吸うように心に沁みてきます、

小冊子を数頁読んだだけの、にわか仏教徒とも呼べない、いまだ煩悩の塊のような我が身と心、
それでも、ブッダの教えの整合性と科学性に心から賛意を表明します、

彼女がなぜこのテキストを同封したのか、その真意はまた会ったときにでも訊ねるとして、このテキストを読んでいこうと思っています、
岩波文庫にも、同様の内容の書籍があるのだとか、
中村元訳「真理のことば 感興のことば」が、それ、

※写真は、赤唐辛子、鷹の爪とも呼ばれる、
道の駅などに行くと安価で大量に手に入るので、ついつい買ってしまうことになる、
買ってきた後、しばらく干してカリカリにして使うのが我が家の習わし、
保存も効くし、味も一段と勝るような気になる、、ホントかな?!

2011年11月10日木曜日

TPP

環太平洋戦略的経済連携協定 
Trans-Pacific Partnership
Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement

加盟国の間で工業品、農業品を含む全品目の関税を撤廃し、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどにおけるすべての非関税障壁を撤廃し自由化する協定

ということらしい、、


実現すれば、新潟県産コシヒカリを模倣したカリフォルニア州米が10kg700円から800円で手に入ることになる、
安くてまずいのではなく、チョー安くて美味い米が、現行関税率780%を取り除かれて激安(!)で日本に出回ることだろう、

その結果、安ければ(どこの国のものでも)良いという多数の庶民がそれに飛びつき、日本の米農家はさらに、減反や青田刈りを強いられている今以上に打撃を被り農民たちの生活が立ち行かなくなり、離農、離散、農地放棄が相次ぎ、日本の農業はつぶれてしまうだろう、

それから3年後、あなたとは意見が合わないのでもうお米は送りません、という一通のメールが届き、
カリフォルニア州米、10kg700円の米が送られてこなくなった、、

そうなってはじめて、国産の米のありがたみがわかるのだろうか、
ばかめが!

主食は、米は、食料でなく
武器 なのだよ、小林少年(誰だよ)、

そのことがわかっていない日本の代表がいるかぎり、未来はないわなあ、

アメリカ合州(衆)国にとって、すべての食料は、世界制圧に向けての非常に有効な武器なのだ、
その認識をもって、あらゆる植物性食料の種の保存、特にDNAレベルでの遺伝子情報の解明を国家政策として実施しているのだ、

安ければ良い、というものでは決してないだろう、、

ダンマパダ

もう随分と長い間、お付き合いをさせていただいている妻以外の女性がいる、
こんな書き出しで書くと、いかにも何かありそうな関係であるかのような印象を与えるのだが、
そして少しはそうした印象を読者がもたれることを期待しているのだが、ネタをばらせば、その女性とは中学時代の同級生のこと、

年賀状を遣り取りしたり、たまに旅行をしたりしたときに目に触れた絵はがきなどで気に入ったものがあれば年に数回送ったり貰ったりしている、
彼女は、ぼくからみても、たぶん他人から見ても可愛く美しい人なのだが、魅力はそこにあるだけでなく、その独特の感性と発想にある、と思っている、

熊本の片田舎に在る、今、彼女が居住している場所には決して同化しない、染まらない、収まりきれない彼女独特の発想がぼくにはとても魅力的なのだ、

古代エジプトの若き王ツタンカーメンをこよなく愛し、世界の名だたる美術館の特に絵画の収蔵品に詳しく、訪日したロシアバレーの公演を観るためならば時間とお金を惜しまない彼女、

「わたしって美しいものが好きなの」

50歳代を半ばこえた頃に、いわゆる熟年離婚をしたのだが、その時の彼女の感想は、
「結局、尊敬できない人とは一緒に居られなかったわ」

30年近く連れ添い、男児をひとりもうけ育てあげた末での離婚の感想にしては、涙もなく未練もなく、乾いたもの言いだと、そこに感心した、

「彼のお弁当も一生懸命作ってあげたし、料理もお掃除も丁寧にしたのだけど、彼が今でも肉体を求めてくるのよね、それさえなければ離婚はしなかったと思うわ、でも男の人には我慢できないことなのでしょう」
離婚時のもう一つの彼女の回想がそれ。。

携帯電話は所持しているものの、外部との接触を一切断ちメールもしない、もちろんインターネットもしない彼女、
「(メールは)鬱陶しいし、外の世界にある美しいものはネットをしなくても手に入るから」

そんな彼女から分厚い封書が届いた、

2011年11月3日木曜日

文化

湯豆腐の底に愁ひを仕舞ひけり
湯豆腐の底に嘆きを収めけり
湯豆腐の底に嘆きを埋めけり

湯豆腐やいのちの果てのうすあかり 久保田万太郎

季語「湯豆腐」季節は冬
湯豆腐を織り込んだ句といえば、第一に上記した万太郎の作品があげられる、
幾多の女性と浮き名を流した万太郎の最晩年の絶唱といわれている句
これを意識しなかったといえば嘘になる、
かなわぬまでも近づければ、、

文化とは、


その人間集団の構成員に共通の価値観を反映した、物心両面にわたる活動の様式(の総体)。また、それによって創り出されたもの。
・・なんだとか、新明解国語辞典 第六版 三省堂
さすが文化、エライものだ、一回読んだくらいではナンダカわからない、

世の中が開けて生活水準が高まっている状態
・・というのもある、岩波国語辞典 第四版 岩波書店
さすが岩波、わかりやすい、文化が少しわかってきた、

①世の中が開けて生活が便利になること。文明開化。
②人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容を含む。
文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活に関わるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区別する。

広辞苑 第五版 岩波書店

どうやら文化と文明は違うらしい、
文化=culture 文明=civilization このことを知っただけでも、今朝は知識が一歩進んだといっても言い過ぎではないだろう(笑)

文化ときいて思い起こされるのは、
まず文化住宅、それから文化鍋、えーと文化庖丁、、、

今朝得た知識をもとにこれらを眺むれば文化に非ずして文明であったのだなあ、
今からでも遅くはない、文明住宅、文明鍋、文明庖丁と改名してみては、

とまあ、相変わらずの締まりのなさ、こんな結論でいいのかっ、、

2011年11月1日火曜日

氷壁

いつもここを見ているよ、という方からメールをいただいた、
ここで紹介していた井上靖氏の作品「氷壁」を読んでいる、読み始めたばかりだけど本当に面白い、という内容だった、
いつもここを読んでもらっていることにまず大感謝(歳末大売り出しみたいな表現で大げさにきこえるけどさ)、
紹介した本を読んでくれたことにさらに感謝、

そのかたも読書が大好きだというので、同じく本が好きなぼくとしては、同じ本を読み同じ愉しさを共有できたことで嬉しさが一層増すような気になっている、、

飼い猫のがっちゃんが膀胱炎のために3泊4日の入院生活をおくった、
昨日帰ってきたのだけれど、注射や薬などの治療費をふくめ宿泊代込みで3万3千円かかったと、、
毎月2匹の飼い猫のために2万円くらいはかかっている、今回のように病気になるとさらに出費が重なるから家計にとっては痛いのだ、英語でいえばアウチ!なのだなあ、教養があるからすぐ英語がこぼれてしまうのだ、、、

払えるお金だからそれはそれで仕方がないのだけど、払えない状態だったとしたら、猫を飼う資格が失われてしまうのかと少し考えてしまった、

ペットを飼うということは彼らの食事にもトイレにもお金がかかること、そのお金を捻出できない人はペットを飼うことを諦めてしまうのだろうか、
現に、年金生活に入ったからもう猫は飼えないわ(飼いたいのだけど)という人を何人か知っている、

法の下では何人といえども平等というのが、近代民主主義の大原則、
いくら法の下では平等といっても、お金持ちと貧乏人との差は、ペットを飼える飼えないという一面をみても埋まりそうにもない、

平等とはその収入を保証するものではないと頭では理解していても、やはりここでも金の世の中なのだなあと、諦念にも似た気持ちが湧いてくる、

2011年10月29日土曜日

神田古本まつり

昭和35年に初めて開催された『東京名物・神田古本まつり』も、今年で52回目を数えます。
 この間、古書店街のもっとも大きな行事として、年々規模を拡大しながら今日にいたっております。
 読書週間(10月27日~11月9日)にあわせたこの催事の目的は、書物に関する様々なイベントを通じて、多くの読書人の期待にこたえることにあります。現在では、東京の風物詩の一つに数えられるようになり、全国、さらには海外からも多くの方々が、神田神保町を訪ねて来られるようになりました。
 まさしく東京の名物行事にふさわしい催しと、自負しております。

神田古本まつり

ということ、らしい、、

今日は午後からここに出かけてみる、
お目当ては二つ、井上靖氏の作品が載った文庫を10冊くらいと、向田邦子さんの対談集を見つけようと思っている、
参加店舗100店以上、展示数100万冊以上という古本まつり、
毎年のように参加しているのだが、なかなかお目当てに行き当たることができない、
その時には、なんでもいいから好みの本を買って、カレー屋か喫茶店にこもる、
神田は古本街でも有名なのだが、別の顔として都内でも屈指のカレー激戦区なのだ、
カーマ、マンダラ、共栄堂、エチオピア、ボンディ、まんてん、などなど、
と書いても、ボンディしか入ったことはないのだけど、、
詳しくはカレーまで、

カレーが好きで、神田に立ち寄る機会があったときなど気が向いたら行ってみてください、
食べたことがない店が多いので、味の保証はできませんけど、たぶん美味しいのでしょう、

では、行ってきま~す、




2011年10月27日木曜日

ばかめが

井上靖氏の作品「氷壁」中で、こう言って、登山家でありおのれの部下でもあった主人公の男性を激しくなじった上司の常磐、
作品を離れ、この言葉がことばだけで流れだしたとき、どのように世に迎えられるのだろう、

これからこの作品を読まれる方々のために、多くには触れられないもどかしさを覚えながら今これを書いている、

決して他人には投げつけられるべき言葉ではないはずである「ばかめが」、
もしも上司から他人から友人と互いに認め合った人物から、こう言われて精神に波風の一つも起たない人がいるとしたら、相当の大物か精神の一部に欠落したものがあるのだと、ぼくには思えてしまう、

ばかめが、、
耳障りの良い言葉だけが横行し、踏み込んで人とのふれ合いを求めようとは決してしない時代には、あってはならない言葉の一つなのかもしれない、

「そうです。本当に、山を生命がけで・・・・・・」
常磐を、急に激情が襲ってきた。
常磐は言葉を続けられなかった。獣でも低く吠えるような低い嗚咽が、常磐の口からもれ出した。
周囲の人たちがいっせいに常磐の方を見た。

周囲の目などまったく目に入らない、吠えるような嗚咽、
それだからこその”ばかめが”なのか、、

体裁の良い言葉だけが、人との関係をつなぎ止めると誤解されたまま、人は柔らかな心の襞を、作り笑顔の固い殻で包み込みけっしてその殻を解こうとはしない、

傷つくことを恐れるあまり、うわべだけの人間関係に終始する、
傷つくほどの清冽な精神も魂さえもありはしないのに、防御だけはタイトル保持者なのだ、
なじってなじられて壊れる関係ならば、初めからそんな関係などクソ食らえなのだ、
千人の差し障りのない通り文句よりも、一人の本音の叱咤が好きだ、
顔を撫でただけの生ぬるい激励よりも、激しく迫る叱咤にぼくは意味を見いだす、
本音で生きていた時代、肌と肌が血が流れるほどぶつかり合った時代、そんな時代、、

出会いから長い時を経て、ようやっとお互いの存在の意味を知り結婚を約束しあった男女が軽くくちづけを交わすだけで、その夜は別れる、
昭和30年代、今から50年ほど前の昭和の御代にはそのような男女関係があった、のだとか、
残念ながらなのか、出血の痛みを知らないだけ幸せなのか、ぼくはその時代まだこどもだった、

「しろばんば」しか読んだことがなかったぼくにとって「氷壁」は、これから追求する作家の一人である井上靖氏と新しい出会いの場を作ってくれた作品になった、

お勧めの一冊です!

2011年10月24日月曜日

落とし物



歳のせいなのか、生来のおっちょこちょいのせいなのか落とし物をよくする、
まだ携帯電話が普及する前のこと、公衆電話で仕事の打ち合わせをした、
当時の、今でもかもしれないが、公衆電話には二段になった物置き場が備え付けられていて、その一番下の段に持っていた鞄を(サザエさんのお父さんが提げていたようなあの鞄)置いて、話し始めた、
話し終わると鞄を置いたことを忘れ、そのまま出てしまった、、
15分後気がつき、慌てて戻った時にはその鞄は既になかった、
大した書類は入っていなかったので、財布とカードだけの損害で済んだ、
たしか3万円くらいが入っていたはず、
金で済めばそれで良し、
書類とかデータが金よりも大事な人生で助かったと安堵したことを覚えている、
他人に迷惑を掛けることになるからだ、、


金魚すくいをした、
肩に掛けていたポーチが邪魔になり、金魚すくいの、あれはなんというのか、
小さなプールみたいな、赤色、黒色、出目金いろいろ泳いでいるその池の近くにあった木にポーチを掛けた、
金魚をすくっているうちにポーチを忘れた、
気がついて戻った時にはそのポーチは消えていた、、

携帯電話を忘れたこともある、
忘れたというよりもポケットから落としたのだろう、
無くしたことは無くしたのだけれど、自分の携帯電話番号を覚えていなくて届けようにも届けられない、
たまに電話していた友人に連絡を取り、
「おれの携帯電話番号わかる?」と言ってみた、
「あー、わかるよ」と即答、
「何番だっけ・・・、」
彼はその場で応えた、その応答があまりにも早いので”なんでそんなに早くわかるのか”少し違和感を覚え、
「なんで知ってる?」と訊いてみたら「だって覚えやすいから」と、、

先頭の3桁は090で、そのあとの番号がABCD-ABCEだったのだ、
つまりABCの部分だけ3つ覚えておけば電話できるということだった、

あああーーー、、、やっと自分の電話番号を記憶することができた、、

わかった自分の携帯電話番号に電話してみた、
もしかしたら誰かが出るかもしれない、もね、、

電話電話電話電話電話電話・・・、

「もしもし~」、
「はいはい」、
「あのー、そちらはどちらですか?」、
「こちらは日暮里駅ですけど」

写真は地元近くの寺 松月院の一齣
いかにも写真らしい写真であまり好きではないっっ (じゃあ出すなよ)

2011年10月23日日曜日

句会





土曜日は板橋区俳句連盟の秋季俳句大会、
うちの句会からも何名か参加し、そのうちの一人がぼくだった、
前もって2句を投稿しておいて、その2句に対し数名の選者が点をいれる、
点が多い順から表彰されるというわけだ、

竜胆の一叢立つやけもの道   に3点
原爆忌ムンクの口も開きしまま に2点はいり

計5点で15位だった、
参加人数107名中15位だから、かなりの好成績なのかもしれない、
去年は17位だったので、少し上にあがった、まあ喜ぶところなのだろう、

そのあとの慰労会でうちの句会からの参加者だけで会場近くの居酒屋で飲んだ、
名が知れたチェーン店なのだが、なんと昼の2時から開いていて酒が飲める、
その店に2時間くらいいて、ハイボールばかり4杯飲んだ、
よく飲むなあ・・、、

写真は名前のわからない花、
お気に入りのデジカメ、NikonD200で撮った、
ペンタックス、オリンパスといろいろあったのだがメインのカメラは結局Nikonになった、
もっとも、オリンパスのコンパクトデジカメとキャノンのも持っているのだけど、

リビアで元の政治的指導者カダフィなる人物が逮捕され銃殺されたと報道が、、
逮捕直後の血まみれの彼の身体が何度も映像で流された、
何度も殴られ血に染まった彼を裁判にもかけずにその場で撃ち殺す、
野蛮といって済む問題ではないだろう、

彼を信奉する人もなかにはいるはず、
憎悪からの報復は更なる憎悪を生み出すだけ、、

2011年10月11日火曜日

事故

 



実験をめぐって事故が起きた、

試験する物を通称=試験体というのだが、それを持ち帰り実験のために加工する業者が、それを加工途中で作業台から落としてしまい携わっていた作業員が足をつぶしたというのだ、
朝礼の第一報で報告されたため、みな仰天し、怪我はどの程度、生命はどうか、試験体はどうなったと、ちょっとした騒ぎになった、
骨折ではなく生命の危険はもちろんないと報告されたため、大事に至らなくて良かったと安堵していたのだが、、

作業終了時の夕方、加工業者の社長が突然現れて、事故のことは内密にして欲しいと懇願してきた、
試験体を台から落としたのは事実なのだが、足を打ったのは今回のこのことが原因でなく工場での他の仕事の中で起きたものに是非ともして欲しい、と、そういう内容だった、

事故で足首を怪我したということで、朝礼後に各所に連絡を回してしまったので、いまさらそれを変えるのは無理があるのだが、そこをなんとかと、何度も頭を下げる、
事故を起こしてしまうと軽くても始末書、悪くすると出入り禁止になってしまうことを恐れることからの必死の願いなのだろうけど、まいったなあ、、

社長は、落としたことは事実として認めるけれど、足の怪我は今回の落下事故とは一切関係ないと言い切る、もしそれがウソだとばれたとしても、皆さんが私にだまされたことになるから皆さんには迷惑を掛けない、と言う、

そんなに甘くはないよと言ったものの、とにかく怪我は今回のこととは無関係だとの社長の言葉を信じたフリをすることになった、、
どこでどうなるのか、この先わからないのだが、事故はなかったと言い切るからには労災扱いでなく作業員本人の健康保険扱いで処理するのだろう、

そのことで怪我をした本人が不利益を被らないのだろうか、
怪我による後遺症の問題、休業補償の問題などなど、なんら問題は解決しないで今後に持ち越される、、

次の実験は今週金曜日、実験そのものは粛々と進んでいく。。

写真は、吟行の際に見つけた白い彼岸花、
ちょっと珍しいでしょう、そうでもないのかなあ、、

2011年10月6日木曜日

その金は誰の手に






通勤途中の車の中で聞いた話、

1998年をピークに日本での給料支給額の総額は下がり続け、1998年時と比べ総額にして220兆円を超える給料が、これまでに払われてこなかった計算になるとの解説だった、
220億円ではない、220兆円・・・、もの金が勤労者から奪われた、

リストラという名の首切りが横行し、当たり前のように正社員を解雇し契約社員や派遣社員で置き換える、
チェーン店系の飲食店などでは責任者であるべき店長までもがアルバイトだったとの笑えない実態も報告されている、

経費削減のコツは人件費削減であるかとばかりに、厚生年金健康保険などのいわゆる会社負担の大きい社会保険料を計算するなら、正社員よりも安価に済む非正社員の方が会社にとってメリットがある、だから正社員には辞めて貰おう、そういう判断なのだろう、

退職を勧めるいわゆる肩たたきも、50歳代サラリーマンから既に40歳代へと移行しているとの話もきいた、
年収400万円以下の勤労者が全勤労者の58%を占めていると雑誌で読んだ、
税込み年収であるのなら手取りはさらに減るだろう、

この国で若い二人が出会い恋をし結ばれ子どもを産み育てるとして、どのようなバラ色の未来を二人の間で交わすことができるだろう、
少子化少子化と問題になり騒がれているこの国でなにかひとつでも少子化を防ぐ具体的な施策を眼にしたことがあるだろうか、

大人二人が満足に食えないのに(食うというのはただ腹を膨らますことだけではなく、本を読み映画を観、たまには旅行ができ休日がきちんと取得でき将来に不安なく暮らせることを意味する)、結婚できるわけはない、
家賃を払えば半分になってしまう給料で子どもを産めるわけがないじゃないか、

今、アメリカでは若者らの貧富の格差への怒りがデモとなって全米に飛び火している、その合い言葉は「ウォール街を占拠せよ」
強欲資本主義の象徴とされるあのウォール街だ、

まだ日本では目立った実力行動は見られない、しかし社会に対する不安、不平不満は多くの若者の心の奥深くに潜んでいる、
底が深い川ほど水面は静かなのだ、しかし確実に水は流れている、

いつそれが激流となって「日本のウォール街」を襲うのか、その時にはぼくも流れの一滴になって「壁(ウォール)」にひとつの小さな穴を開けてやろうと狙っている、、

※写真は仲良くお食事中のお二方、
彼らが生きている間はずっとご飯を食べてもらうのだ、

今日は実験の日

 
 




今回の仕事中、初の実験が始まる、
総数として4体、No.1からNo.4までと仮の名前を付けた第1号の試験なのだ、

装置の組み立てに1週間、センサーの取り付けに2日、やっと実験ができる、
繰り返し試験なので、ただ押すだけでなく押したり引いたりを繰り返しながら、振幅を増やしていき、変位何mm、荷重何kNで破壊するのか確認実証する、
実験開始は朝9時、実験時間はおおよそ10時間、途中で休憩も入れるので終了は深夜になるだろう、
毎度のことなので慣れてもいるし、大事な実験なので時間がかかることは当然のこと、夜遅くなったからといって辛くはない、
むしろどんな結果になるのか楽しみの気持ちの方が大きい、

きけばこの試験に使われる部材も原子炉建屋の補強の一部であるのだとか、
3.11以来、原子力がらみの仕事が減るのではと予想していたけれど、関係者の予想を裏切って、仕事は減ることもなくさほど増えもせずにあの時のまま続いている、

ぼくだけの生活の安定を考えればこのままずっと原子力関係の仕事が続いていって欲しいのだが、どこかで原発とは縁を切らなくてはならないのだろう、

開発のためでなく、廃棄に向けて高濃度に汚染された原発の残滓との付き合いが、人体に害を与えない安全な処理のための研究や実験が続いていけばよいと思っている、

写真は通勤途中で見つけた野の花、名前は例によってわからない、
可愛いよね、

2011年10月2日日曜日

秋祭り-子ども御輿

 


今日は秋祭り、大祭でなくて子ども御輿の日、
町会役員を以前頼まれて(マンション住人の輪番制、人格人徳は問われない)から、町会内に顔見知りができ、行事がある度ごとに手伝ってと頼まれる、

うちの町会は約120世帯と他に比べてこぢんまりとしている、
多いところでは400世帯あり、子どもの数も父兄の数も多い、
小さな町会だと御輿を担ぐ子どもの数も少ないので、子ども御輿にオトナが手を貸すことになる、
子ども-小学生以下の、しかも圧倒的に女子の参加が多い、
高学年の男子生徒はなぜかあまり見掛けない、うちだけの問題なのか地域の特性なのか、とにかくそういう傾向が見られる、

熊野神社の祭礼に属する祭りなので、奉納は神社に対して行われる、
神棚を設け、塩、米、酒はもちろん、秋の山海の味覚を並べ神様に捧げる、
並べ方には形式が決まっていて、右左の区別もしっかり付けられているようだ、
向かって右に塩なのか、米なのか、神様にあげるのだから、どうせ食べないし、どちらでも良いだろうと思うのはいけないようで、世話役が、米はそっちじゃないよ、と大きな声で若いお父さんに教えている、
で、写真のように、、

景気の良い時代なら山の幸といえば松茸、海の幸といえば尾頭つきの鯛と相場は決まっていたのだろうが、昨今のこの不景気、そんな贅沢はいえなくなったようだ、、

それにしても海の幸が煮干しって、、、
んーーー、、、

※山の幸に栗と胡桃(くるみ)が飾られていた、
栗はともかく胡桃の生の姿を知っている人も少ないことだろう、
青い殻にくるまれたままの胡桃、珍しいのでパシャっ、

2011年9月30日金曜日

日日是好日

仕事が始まった、連続の仕事をもらった、
工期と人数からおおよその見積り金額を出すのだが、30日で請求をしてくれと客先から言われた、
カレンダーを拡げ日数を確認したら、指定された工期では何度数えても30日にならない、
身体はひとつしかないのだから、同じ日に二人は存在できない、
26日の日数しかないのに30日分の請求、
おかしいなあ、と思いながら、日数まちがえてない?と客に言うと、いつも迷惑を掛けているから、、だって、

早い話が、4日分を余計に付けてくれたわけだ、
それほど安い単価でもないのに、この4日分はありがたい、
滅多にないことなので少し驚いたのだが、気持ちを受け止めて貰っておくことにした、

みんなで飲む缶コーヒーや3時のおやつ、キックオフ(業務開始)の恒例飲み会で会費を多めに出す、そんなことで幾らかは返すつもり、、
そういうところは義理堅いのだなあ、、

10月も毎日、続けて11月も毎日、仕事がある、2月にも仕事を貰った、
なにかと忙しい、この忙しさで痩せてお腹が引っ込めばいいのだが、、

2011年9月21日水曜日

颱風

台風よりも、こっちの漢字の方がそれっぽくて好き、
今は少し風もおさまったけど、6時から7時にかけてはすごかった、、
自宅マンションの東面は一面ほとんどガラス面なのだが、その大きなガラスが治まっている枠ごと、どさどさと揺れていたようにも感じられた、
風のためにガラスが湾曲し室内のカーテンまで、まるで風が通り抜けているかのように揺れていたからだ、

仕事で千葉県我孫子市まで出かけたのだけれど、颱風だというので午後1時には帰宅の途についた、それが良かった、
帰り道の高速道を走っていたら、風で何度もハンドルを取られた、かなりの強風だった、
速度規定は50km/hだったけど、そんな速度で走っている車は一台もいやしない、ほとんどの車輌が80km/h走行だった、
ある意味、それもすごい、、

☆ジャンケンによって公正に歌う位置を決めたのだとか、
被災地支援のために売り上げから数億のお金を送ったのだとか、
免罪符というなつかし言葉が浮かんだわ、、
お気に入りの女子と握手するためだけに同じCDを千枚も購入した若者もいたというその商売、えぐいよなあ・・・、
7万も払えば美女とそれ以上の、、あっ、この話はいいや、、

ジャンケンでなく、野球拳で決めてくれ。。

2011年9月20日火曜日

海鞘 (ほや)




脊索動物門 尾索動物亜門 ホヤ綱 に属する海産動物

ほやの属する脊索動物門にはヒトを含む脊椎動物亜門が含まれていて、ほやの発生を研究し脊椎動物と比較することで、脊椎動物の発生と進化を知る手がかりが得られると期待されているという、エライ生物でもあるのだ、、
どうだまいったか(笑)

難しいことはよくわからないのだけど、進化の過程の中である種とある種をつなぐ橋のような役割をもつ貴重な生物であるらしい、とは聞いたことがある、
東海大学海洋学部出身の加藤くんが言っていたのだから、間違いはないだろう、

行きつけの店の品書きに海鞘を目にすると必ず頼む、
酒は日本酒が佳い、ハイボールに海鞘は合わないだろう、
生牡蠣にボウモアを振りかけて食うと美味くていくらでも食える、と作家の椎名誠氏が書いていた、
まだ試したことはないのだが、彼が言うのだからそういうものなのかもしれない、

洋酒系に海鞘、意外と合うのかな、、いつも通り、ぼくの話しはいい加減な話しなのだなあ、、

お気に入りの酒器を選び(その店ではいくつかの酒器を大笊に入れて客自ら選ぶようになっている)、冷たく冷えた酒、今なら浦霞が口に合うのだが、を注いで、海鞘を一切れ口に運ぶ、
独特の香りと食感が口中に拡がり、その香りと味を愉しみながらさらに酒を酌む、

西日本ではほとんど食されない、らしい、
誰かが好きなその香りは、誰かにとっては苦手、というわけだ、
納豆といいクサヤといい糠漬けのおしんこといい、香りのあるものは好き嫌いがはっきりわかれるようだ、
女性の、、いや、この話はどうでもよい。。


ぼくは香りの強いもの、ちょっと変わった珍味といわれるものをことさらに好む性向の持ち主なので、大概のものは食することができる、
鮫のくさやのような強烈なアンモニア臭があるものでも、他が口を曲げ鼻をそっぽに向かせて嫌がるようなものでも、平気で食べることができた、

記憶の中で、唯一、苦手なのは海老の塩焼き、
あの匂いだけは我慢がならない、焼くのをやめてくれと真剣に懇願したことがある、、
海老は刺身なら大好物なのに、不思議といえば不思議、、


海鞘の身や良句も悪句も殻の中


2011年9月19日月曜日

小景、あ、大景か







日帰り出張で静岡県島田まで、
ここは始めて足を運んで以来、お気に入りの土地、
仕事ででかけるのだから、少しは緊張感もあるのだが、静岡県人の人柄というのか、温和で優しい人ばかりに恵まれて、仕事もはかどるし、海が近いせいか魚も美味しくて、終わったあとの一杯も楽しみなのだ、

泊まりで行ければなお良かったのだが、小一時間で済む仕事なので、泊まるわけにはさすがにいかない、
早朝6時に家を出て現場着が9時過ぎ、往きも帰りも3時間かかるから、ほとんどが車中、楽しみは、由比サービスエリアから望む景色、
どんなに急ぐ出張であっても、ここを通れば必ず立ち寄ることにしている、

ふだん海には縁のない暮らしをしているので、海が好きなぼくにはたまらない場所、
車の窓を大きく開けると押し寄せる潮の香りと波の音、
海はいいなあ~~~、なんといっても大きいもの、とても一人では飲みきれない(笑)

生命の故郷、すべての生命の源はここから誕生したとされる海、
父なる大地、母なる海、魚類をはじめ動物たち、海草、貝類、無数の微生物、いまだ知られることのない深海に生きるものたち、、
想像しただけで胸が躍るのだ、、

2011年9月17日土曜日

まとめ、まとめなのか

 
 

 
紹介してきた3名のミュージシャンたち、
中学生時代に中原中也に出会い詩を書き始め、二十歳のころ、行きつけの赤提灯で岡林信康の歌を聴いてフォークシンガーを志した秋田県出身の友川かずき氏、
大分県日田市出身の山崎ハコさん、
1950年沖縄県コザ市で生まれ、琉球大学農学部で農芸科学を専攻した異色シンガー佐渡山豊氏、

大分の方言だったり沖縄弁だったり秋田弁だったりと、使われているそれはさまざまなのだが、どの言葉にもありきたりの歌謡曲にはない迫力と真実があると読み取るのは、推している目からの過大な評価なのだろうか、

3人が3人とも自分が生まれ育った故郷の言葉を大切に、ある意味それを武器にして自分の思いの丈を歌に込めてきた、
系譜としてフォークソングの流れを汲み、自分で曲を書き歌手として歌うシンガーソングライターと、共通点も多い、

それぞれの歌手が多数の自作の歌をもち、年代によって曲相も変わることから、この歌手はこうだと決めつけることはできない、
また一人の歌手を取り上げて詳細な解説を施す頁ももってはいない、

それぞれ多くのファンが居てたくさんの言葉で紹介されているので、興味がある方にはそちらを参考にしていただくことにして、ぼくが何よりも強調したいのは、どれもが人を歌った歌、人間を歌った歌なのだなあということ、
人の情感もいろいろ、喜怒哀楽もあれば、恨みや妬みや恋愛、死への憬れ生きる希望などもあるだろう、
母性本能、ファザーコンプレックス、欝なども含まれるかもしれない、
大袈裟にいえば魂の叫び、小さくいえば心の呟き、
いずれにしても、
人の情感を鋭く切り取った歌ならば、情感を深く鋭く切り取るためにはスルドイことばが必要なのだ、

一般的でない”標準”でない方言や訛りこそ、状況を切り裂く強烈な武器の一つに十分なり得る、
異なるものへの礼賛でなくて浅い夢のような郷愁でなくて、ぼくはこころの底からそう思っている、、

人はなぜ生まれどこへ行くのだろう、
哲学の永遠的な命題に応えるべく生み出される歌や曲は、決して”標準的”なものからは生まれてこないだろう、との予感をもって、、、

※ビートルズ解散以降のJOHN LENNON氏の作品
ビートルズという重しを外し、やっと彼自身の自由な言葉を紡ぎ出すことが可能となった多くの作品に
ぼくは共鳴することが多い、、

Mother

Mother, you had me but I never had you,
I wanted you but you didn’t want me,
So I got to tell you,
Goodbye, goodbye.
Farther, you left me but I never left you,
I needed you but you didn’t need me,
So I got to tell you,
Goodbye, goodbye.
Children, don’t do what I have done,
I couldn’t walk and I tried to run,
So I got to tell you,
Goodbye, goodbye.
Mama don’t go,
Daddy come home.
Mama don’t go,
Daddy come home.
Mama don’t go,
Daddy come home.
Mama don’t go,
Daddy come home.
Mama don’t go,
Daddy come home.
Mama don’t go,
Daddy come home.
Mama don’t go,
Daddy come home...

2011年9月14日水曜日

これも





方言でしか表現できないこと、伝えられないことがある、

その地方地方の気候や風習、地理や食べ物、顔や体型がさまざまなように、言葉もさまざまなのだ、
北から南へと細長く延びた日本は地形的にも同一の文化が育ちにくかったのだろう、
それと、さまざまな方言が生まれてきた大きな理由の一つに、300年近く続いた鎖国政策、その中での幕藩体制があったのだと考えている、

移動の自由を制限され勝手に住居を替えることを禁じられた昔、特別な許可がなければ旅行さえも気ままにできなかった時代、外部との接触があまりなかった時代、閉ざされた囲いの中での生活だからこそ、そこで独特の文化が育ったのだろう、

だから自分が浸っている習俗や使っている言語と比べ、どんなに奇であっても妙であっても、その奇異さには長い歴史が込められている、
ある歴史が他の歴史を嗤ってはならないと、真剣に思っている、

ぼくが育った、東京の下町では、冷たいということを、冷やっこい、といっていた
それがもう少し訛って、しゃっこい、ともいう
冬、田んぼに張った氷りを割って手に持ちながら、しゃっけー、と歓声を挙げたことを思い出した、
標準語ではない東京の下町言葉、、

今、ぼくの子どもは、冷たいとはいっても、しゃっこい、とは言わなくなった、、、



2011年9月13日火曜日

訛りと方言に関する一考察


 
言いたいことはたくさんある、
昔みたアメリカのホームドラマ、アイラブルーシーショーだったり、三馬鹿大将だったり、パパはなんでも知っている、だったり、ララミー牧場だったり、、
そのときに登場人物はいろいろでてきたのだが、アメリカの田舎者、たとえばユタ州、たとえばテキサス州、たとえばアリゾナの出身者たち、、
そうしたアメリカの中心地からしたら地方の田舎者がでてくると、しゃべる言葉は、翻訳された日本語の言葉は、なぜか東北弁のズーズー弁だった、、

ところで、
北から南へと細長く拡がる我が国日本は、中心を江戸、今の東京として、地理的に真ん中にあった最後の統治者、徳川一族が首都と定めた地域の江戸言葉を元に標準語として国定した、
それは、10歩下がってわかる、
でも、でも、
あのアメリカの、米国のテキサスの田舎者を表現するのに、なんで東北訛りなんだよっっっっ!!

ルイジアナ、テキサス、アリゾナ、ユタ、、、
アメリカ北部出身の連中が南部をバカにして南部訛りを表現するのに、なんで東北訛りなんだよっ、
東北をバカにするなの怒りの前に、その映像を輸入し、翻訳した日本人の番組製作者のセンスと能力と、表現者としての資質を疑うのだ、、

田舎のモデルとしてなら奈良を使え、和歌山をつかえ、佐賀をつかえ、茨城をつかえ、
そもそも、どこも使うなっ!

じつは酔っている、だから大したことは書けないと思いつつ、どうしても書きたくて書いている、
訛りはどこにでもある、方言もどこにでもある、それなのに東北だけがその訛りを方言をバカにされることが許せない、のだ

ある地方特有の訛り方言を下にみる風潮がはびこるのなら、ある民族が特別に使う言葉が優で、その他は劣ということになるだろう、

人より上の人を求める社会は、人より下の人の存在を求めることになるのだから、

英語がスワヒリ語よりも優れているとか、ハングルがポルトギッシュよりも劣っているとか、そんなことにつながっていく、そのことに怒りと反対の意をのべる、、

どこの国の言葉でも自分の言葉、その民族の言葉、おじいとおばあが使っていた言葉、それを大事にしようぜ、
言いたいことはそれだけなんだけどさ、、、、

どんなことばにも伝えたいことがある、つたえられないことはない

方言訛り特集なのだ、
我慢して聴け!!!!!

まだまだ続くぞ、続かせる、、

※書きたいこと たくさん・・
 ソウカの女、HONZI、、、今は訛りを嗤う、そのことを嗤う





2011年9月12日月曜日

鹿の角



タイトルのまんま、鹿の角
採取地は伊豆山中だというから日本鹿の角だろう、

友だちというか、得意先のソフト屋さんと今、共同で仕事を進めているのだけど、打ち合わせの途中でお互いの趣味の話しになり、趣味が合ったのか気が合ったのか、友だちになってしまったその人から戴いたもの、

彼は鉄砲打ちで、毎年11月15日~2月15日までの解禁日には4駆に乗って伊豆山中にもぐるのだとか、
鹿の角はある時期になると自然と抜け(抜ける際、痛みもないのだろう、たぶん)、獣道などに落ちているらしい、

本来なら拾得物として警察に届け、本人が名乗りでない半年後に拾った人のものになるという法律に則っり粛々とすすめられるべき性質のものなのだが、いまだ かつて落とした鹿本人から「それはワシのだ」と名乗り出た試しがないらしく、拾った人はすぐに自分のものにしてしまうのだとか、

こんなところにも自然界における人間の傍若無人、無知傲慢、慇懃無礼、海砂利水魚な態度が現出している、

この角が届いた宅急便を開くと、すぐ頭の中に灯りが点いた、
灯りといっても便所の灯りのよう20wもあればよいのだが、いきなり話しはそれるが、便所の灯りを以前100w相当の電球にし明るくしたことがあったのだ が、それは中で本を読むという習性から目を痛めないようにとの配慮からだったのだが、結論的にいえば、明るくしない方がいいね、理由はここでつまびらかに はしないのだが、落ち着かないというのが一つの大きな理由、便所寝所産所、所と付く場所はみな薄暗いくらいがちょうどいいのだ、、

で、頭の中は20wという話しにもどるのだが、これでナイフの柄ができる、点った中身はそれだった、
地元に日本のナイフメーカーとして有名な会社というか人がいて、彼が、会田さんというのだが、自ら作ったナイフを売っていたり、自分で作ろうとする人のために作り方を教えたり、工具、砥石、紙やすり、油などなどの消耗品を扱っていたりするのだ、
そこに行き相談し一からナイフ作りを教えてもらおうか、などと20w頭で考えている、
ナイフに使う鋼材、いろいろあるのだがネットで調べるとCRMO-7 クロモ-セブンというのが良いらしい、
「クロモ・セブン」は、世界一を誇る安全カミソリのブレードのために開発された鋼材の改良版で「錆びない」と言いたいほど錆びにくく、靭性は440Cの1.8倍、ATS34の1.4倍と丈夫、らしいのだ、、

これこれ、これでイイノダ、

同じサイトで柄に使う材質を調べたら、あったあった、鹿の角、4千円とか6千円で売られていた、
ぼくが貰ったものは4千円クラス同等のものらしい、んむー、4千円もらったわけだなあ、

売られているナイフは安いもので3万円前後、高いもので20万円前後、ブランド物になると50万円を超えるものも珍しくはない、
どう安く見積もっても、ナイフ一本にかかる値段は3万になるのだろう、
そうすっと今欲しいNikonのデジカメD300かD5100 どちらも中古で3万円前後、

ナイフかカメラか、カメラかナイフか、、20wのスカスカ頭は今日もまた激しく悩むのだ、、、

2011年9月10日土曜日

今日は地を



昼食をとる白鷺と、稲を刈り取ったあと刈り取るまえの田園風景、
普段持ち歩いているコンパクトデジカメでは遠景もここまでしか撮れない、
気持ちだけ酌んで、
場所はいつもの千葉県我孫子市、利根川流域、
春夏秋冬それぞれ違った顔を見せる広大な平野、ぼくのお気に入りの場所なのだ、

ここに水田と畑を持つ友人が「もう百姓はやめだ、友だちに貸そうと思っている」と、
彼が心筋梗塞で倒れてから丸二年になる、心臓に負担がかかる激しい農作業はもうできないと、、


東京のデパートで「大東北展」が開かれているとテレビで、、

今日行ってみよう、青森秋田岩手山形宮城福島、いわゆる東北六県の各県からどのような名産が届けられるのか、今の東北を知る良い機会になりそう、
東北人が無口だといわれる理由の一つに厳しい寒さもあるのだが、もっと大きな理由に訛りが、方言があると思っている、
東北訛り、ズーズー弁といわれるその訛りを他県から嗤われる、都会に出てくると嗤われる、そのことからだんだん口が重くなるのだと、そんなことを書いていた文章を読んだことがある、
しかし、寺山修司は最後まで訛りが抜けなかった、抜かなかったのだと思いたい、
太宰はどうだったのだろう、、

同じ訛りなのに関西弁、京都や大阪、兵庫広島、和歌山あたりまで、自らの訛りを隠すどころか、今はブームだとばかりにばりばり口にしている、あのシンスケがそうだった、関西弁を利用して小銭を稼いだ(数十億という大金なのだが)、
実際、テレビをつけて関西の訛りを耳にしない日はまったくない、

地下鉄副都心線の中で、今日大阪から来たのだと聲高に大阪訛りで話す二人連れの青年を見たことがある、彼らはその訛りを東京のヤツらに聞かせたるねん?! (合ってるのか)と、耳をふさぎたくなる大声でしゃべくりまわしていた、同乗する若い女性の反応をちらちら覗いながら、、
まあまあ気持ちはわかるけどお静かにね、世界地図を拡げてみれば、どこが東京でどこが大阪などは話しにもならない小さな地域、どうでもよろしいのでは、、
そんな気持ちでぼくは本を読んでいた、、

明治元年は1868年、今から140年前のこと、
維新前後のその時代、鹿児島の西郷、山口の木戸、土佐の竜馬、東京の勝と、それぞれのお国訛りで会話していたのに違いない、あの西郷が東京弁を使うわけがない、、
言葉に優劣、訛りに貴賤の差などあるわけがない、のだ

東北出身のいわゆる元勲と呼ばれた維新の功労者を思いつかないのだが、京都所司代の役に就いた会津藩のサムライたちは会津弁で京都見回りの仕事をしたのだろう、三条の河原を会津訛りが闊歩したのだろう、

東北よ、訛ってもいいじゃないか、もっともっと訛れ、
それを嗤うやつらを嗤ってやれ、


今日はぼくの誕生日、それのせいなのかどうなのか、静かでおだやかな朝なのだ、
あっ、どうぞお気遣いなく(笑)

2011年9月9日金曜日

鰯雲



すっかり秋めいてきた、
地には稲穂、天には鰯雲、

この雲を見ていたら鰯よりも、鮫肌というのに思い当たった、
幸い、幸いなのか?、いまだかつて鮫肌の女性に巡り会ったことはないのだが、いったいどんな肌をしているのだろう、
本わさびのすり下ろしには鮫皮を張ったおろし金を使うのだが、あのような肌なのだろうか、
もし本当にあのようだったら、痛くて痛くてとても抱いていられない、

なんだか鮫肌の女性に会いたくなってきた、、

2011年9月8日木曜日

夢は夜開く

 
 

忙しい

忙しい、なんだか妙に忙しい

忙しいということが、机に向かって文章を書かない理由にはならないのだが、机に向かいパソコンの電源をオンしても、キーボードを叩きある種の自分の思いを綴る作業、作業か?には、なかなか至らない、

文章をものにすることは、プロの作家、アマチュアの文章家、中学生の読書感想文レヴェルと、さまざまあっても、時間のゆとりと心の落ち着きのようなものがないと、できないようだ、
幾つも(3つなのだが)仕事が重なり、脳の働きがそちらの方に傾くと、書くことも浮かばない、

まとまった筋のできたものは書けないので、今脳内に浮かんだこと、周りに見えることをばらばらと書いていくことにする、

俳句という愉しみ 小林恭二著 岩波新書 (図書館で借りたら明らかに水没の跡あり、気が削がれる)
を読んでいたら、

荒星や毛布にくるむサキソフォン という句に出会った、

プロの俳人、歌人たちが句作し、互いに選句したなかで最高点の4点を戴いた句なのだが、、

摂津「歳時記によると、『荒星』も『毛布』も冬の季語ですね。こういうのは季重なりにならないんですか」
藤田「僕はねえ、荒星というのは季語として認めていないんだ」

摂津幸彦、藤田湘子両氏のやりとりがとても面白かった、認めていないと言い切る藤田氏、、
実力者というのはこういう人のことをいうのだろう、いいなあ、自分勝手で(笑)

これだけ忙しいと、正直、猫なんかにかまっているヒマもない、
そんなときに限って、遊んでくれよと猫じゃらしを口にくわえ寄ってくるがっちゃん、涼しくなって温もりが欲しくなったのか膝に乗ってこようとするjo太郎、
あっちへ行けよ、こんちきちんと思いながら、ついつい一緒になって遊んだり頭を撫でている、
ダメなヤツ~~~

2011年9月6日火曜日

仕事が始まった

9月に入ってから本格的に仕事が始まり、なにかと忙しい、

M氏から依頼のあった杭の性能試験の予備試験を2回行い、その2回の間に別件の手順書(コンクリートの透気性能を調べる試験の手作業部分をプログラム化し、自動的に電磁弁の開閉を行うと同時に気圧データを採取する、そのシステムのための)と、実務化プログラムのためのフローチャートを作る仕事がある、

それが終わるとさらに二件、実験が待っている、9月の後半から11月の末まで、忙しくなるようだ、

その後は?
さあ、わかりません(笑)

2011年9月4日日曜日

生きているって言ってみろ




 
懐かしい歌手といったら失礼なのだろう、
友川 かずき(カズキと書く場合もある)さん、岡林信康氏に影響を受けフォークシンガーを志した一人、

その際立って端正なルックスから、大島渚氏によって『戦場のメリークリスマス』のヨノイ大尉役を演じるオファーを受けたのだが、秋田訛りを直すことを求められたために固辞、坂本龍一氏が演じることになったという逸話も残されている、

訛りを直せないのではなく、直さないのだっ、、

この歌を聴いていると、東北のスゴサが伝わってくる、、
フォークソングなのだろうけど、ロックしている、

当然のことながら、好き嫌いはある、ぼくはこの歌は好き。。


2011年9月3日土曜日

古代ローマの貴族にも似て


今日、2011/09/03の土曜日は子どもたちに将棋を教える会のはずだった、
生憎の(あいにくを漢字でこう書くとまるで大正12年頃の江戸川乱歩になった様、気分は探偵小説家なのだ)颱風で、その会が中止になってしまった、
宛てにしていた数時間がすっぽりと抜け落ちてしまい、がっかりしたような、力が抜けたような、でも嬉しいような変な心持ちなのだ、
その変な心持ちをその儘にしておけば何やらもっとおかしなものに成長しそうなので、何か有意義に使う方途はないものかと考え、やはり慣れた途、酒を飲むことにした、

「味」にて、女将と俳句談義のあれこれ、、
彼岸花を表す数詞としては、一輪がいいのか一本がいいのか一束がいいのかと、そんな話で小一時間、
墓参り無縁仏に彼岸花とか、そんな句が浮かんだらしい、
女将が言い出した元の句は”名もない墓”というものだったのだが、名もない墓という墓は無いのではと、ぼくがしゃしゃりでたと云う訳だ、
名はあるのだが長い年月の間に読めなくなる程、劣化した、苔生した、たぶんそうなのだろう、
実際のところ、余程暇人でもない限り名もない墓なぞ造る訳など有りはしないと思うのだ、

場所を替えて「ちか」にてカラオケ、
ボトルが入っていないというので入れておいた、二時間ほどいて、水割りを何杯か飲み勘定と云ったら6,300円ですといわれた、
ニッカのひげのおじさんを一本入れて、それでこの値段が安いのか高いのかわからないのだが、まあこんなものなのだろう、一万円を出して釣り銭の3,700円を貰って帰宅した、

暫く前に上野アメ横で、ランチにキムチ鍋に似た豆腐がやけに沢山入っているナントカ鍋を食べた時に、口に入れた大きな一塊の豆腐が余りにも熱々で、口に置いておけなくて、ならば吐き出せばよいものを、出すのは勿体ないとばかりに飲み込んでしまった、
熱せられた豆腐の塊が口から顎の下、顎の下から食道を通って胃に落ちていくのがはっきりとわかった、

それ以来、飯を食っても味噌汁を飲んでも胸が苦しく痛いことが続いた、冷たい水を飲んでも痛みがつつーと続きながら落ちていく、痛みは食道のある地点を通り越すとすっと治まってしまうのだが、、
声も掠れてしまって別人の声のよう、家人もえらく心配し、ぼくだってもしかして肺癌の虞多いにあると心配になり、病院通いをしてみたのだ、
喉と食道が火傷をしたのでしょう、とは医者の弁、
二種類の薬、液状の飲み薬と錠剤を貰い、実は今でも飲んでいる、

それなのに今朝起きたら酒の飲み過ぎで気持ちが悪い、
飲み過ぎと飽食の故に健やかな朝を迎えられないとは、我が行いにその根源があるにしても、なんという情けないことだろう、
鯨飲馬食というわけでは決してないのだが、そんなに飲むわけでもないし食事の量は至極少ないし、体力以上のアルコールを摂取し、耐久力を超えて熱いものを取り入れた報いなのだろう、

大いに反省し後悔もし今日一日静かに黙って寝ていることにする、、

この本を読んでみて感動するからと友人から云われ、読もうと思って買った「日本人の誇り」藤原正彦著文春新書、未だ64頁しか読んでいない、しかも二ヶ月前の7月何日かに目を通したきりなのだなあ、
只の友人ではない、中学校時代の同級生でしかも美人の同級生なのだから、一刻も早く読んで感想文をしたため分厚い封書にして送ったとしたら、また新たな関係が生まれるはずだったのだ、
なんとも勿体ないことをした、

酒池肉林という四文字がこの糠味噌頭の中を飛び跳ね回っている今朝なのだ、、


2011年9月1日木曜日

お知らせ コメントできるようになりました

コメントできるように基本設定を変更しました、
今までは使い方の理解の浅さから、コメントできない設定になっていました、
 匿名であれ署名入りであれ、誰でもコメントが可能です、

ネット<荒し>に対する防御策を一切講じていません、
そういう事態になったらその時に考えます、ということで、、

死に急ぐ悪戯

いくら悪意がないとはいっても度が過ぎた悪戯、悪ふざけはしない方がいい、

驚かそうと思っただけで、決して死なせることを望んだわけではないのだろう、
それにしては、深さ2.5メートルの落とし穴はやり過ぎた、
おふざけの度を超えている、

驚かすだけなら50センチ落とすことで十分だ、50センチの深さでも、足首を捻挫したり場合によっては骨折するかもしれない危険性が十分に見込めるのだが、、
成人した男女が何人もで計画した悪戯、それを周囲の人間誰もが止めなかったことにまず驚かされる、
日本人男女の精神年齢の後退と未成熟化への加速は、一段と進んでいるかのようで怖ろしい、

次男が、所属している会社で計画された社員旅行に参加したくない、と言ってきた、
旅行先は京都、かかる費用は6万円、一泊二日の旅行で経費は全額自己負担となるらしい、

たとえ旅行の代金とはいえ、個人から6万円を徴収する権利は会社にはない、と思ったものの、もし旅行参加を断って、今後の彼の会社での立場が皆と気まずくなるのなら次男が周囲から浮いてしまうのなら、そちらの方が問題かもしれない、

そう考え、「それもサラリーマンとして乗り越える一つの道なのかもしれないね、イヤイヤでもかまわないから、参加してみたら」と、助言した、
「お父さんがそんなことを言うとは思わなかったよ、真っ先に『そんなバカみたいな旅行なんか行かなくてもいい』と言うかと思った」と、次男、

「上司も同僚も全員参加する旅行に、お前だけ不参加、この意味がわかるよね?白眼視されることも覚悟の上ならかまわないけど、つらくないか?親としては子 どもがつらい立場になることだけは避けたいといつも願っている、おれ自身は若い時から自分の主張を通してきたつもりだけど、それだけに受けた波風の強さを 知らないわけではない、、かなりきついけど、それにお前が耐えられるかどうか、そこだな、問題は・・・、」
「大丈夫だよ、気のあった人もいないし、無視されたらそれを無視すればいいもの」
「そうか、でもなあ・・・、、」

これからの会社での立場を危惧し、なんとなく参加の方向で親子の会話がまとまりそうな時、次の言葉で旅行には絶対不参加となった、

「だってお父さん、宴会では必ずイッキが始まるんだよ」

「えっ、イッキ?あの酒をいきなり飲み干すイッキ?」
「うん、ぼくは酒が飲めないからと毎回断ってきたけど、同期の若い人はみんなしてる」
「年配の上司も傍にいるだろう、その上司はイッキを止めないか?」
「ううん、その上司が率先してやらせるんだもの」
「えええっ、その上司って何歳くらいなんだ」
「よくわからないけど50歳は超えていると思うよ」
「そうか、今回の旅行には行かなくてもいいよ、というか行くな!!今時、イッキをさせるバカ上司がいる会社の旅行なんかに参加する必要は一切ない、今後も絶対参加しなくてもよいから」

理性的に話そうとしていたネジの何個かがぶっ飛んだ、

グラスになみなみと注いだ強い酒を一気に干す、その飲み方を歌や手拍子で周囲で煽る、このバカというかクソというか人でなしというか酒飲みの条理にも礼儀にも合わない飲み方で、これまでに何人もの若い命が失われている、
子どもの命を奪われた家族の悲しみ、慟哭ともいうべき母親の叫び
「犠牲はうちの子を最後にしてください、イッキはやめてください」は、犠牲者がでるたびに何度も何度もメディアで取り上げられてきた、

ぼくの高校時代の友人もウイスキーのラッパ飲みから急性アルコール中毒症状に陥り17年という短い生涯を終えた、
サントリー角瓶を手に持ち、ぐるぐる回しながら渦状になったウイスキーを流し込むように胃袋に入れたのだ、

次男は酒が飲めない、煙草もすわないしギャンブルも一切しない、
ぼくの子どもにしては珍しいくらいの堅物なのだ、

その次男にイッキを迫るのなら、たとえ相手が何人いても、たとえ会社の上司であっても、激情的にそれを防ぐかもしれない、
防ぐためなら相手に傷を負わせるかもしれない、
命をかけて止めてやるからと、これだけは誓うからと、次男には言っておいた、、



2011年8月31日水曜日

アマゾンにて本を買う



本を買うこともネットを利用することが多くなった、

以前なら地元の駅周辺に二軒、昔ながらの、いつ訪れても頑固そうなおやじが店の奥まった一角に座り、机に置いた本を眺めているのか読んでいるのか、いつまでも顔を上げない古本屋があり、土曜の昼下がりには覗いてみるのが一つの楽しみであったのだが、二軒とも相次いで店を閉め、今は大手の古本チェーン店だけが残っている、

泳いでいなければ呼吸ができずに死んでしまうという鮫のように、本を読んでいないと息苦しくなって手持ちぶさたから死んでしまうぼくは、常に何かの本を探している、

この頃では図書館を利用することも多くなり、2週間で返却しなければいけない約束の借りた本が常に5冊、身の回りに置いてあるのだが、その5冊だけでは読み終わった後、次に読む本がなくて死んでしまうと困るので、それ以外に2冊ほどはまだ読んでいない本を置くようにしている、


主に文庫サイズもしくは新書サイズで、なるべく安価な、でも程度の良い本を狙ってタイトルに興味を惹かれたもの、以前読んでハズれなかった著者のものを選び買うようにしている、

ネット書店のアマゾンには、古本の質を、優、良、可と表示するシステムがあり、それを参考にして値段を横目で見ながら買うことになる、
探していた本に行き当たり評価を見ると、値段が1円でも質が”良い”とされた本があって、やったー、となる、
1円の売価の本なのになぜか送料が250円もかかり、結局は251円を払うことになるのだが、いまだに納得がいかない、
送料250円と書いてありながら、本当のところは100円かそこらで、差額は本屋の収入になるのだろう、おそらくそんなところではないかと内心は思っている、


さて、最近買った本、本というよりも事典なのだが、現代俳句大事典、という書籍
大事典だぜ、、大という字がとても気に入っている、

趣味になって一年余りの俳句、今持っている小さな歳時記には載っていない季語があることを知り、なんでもかんでもどんな季語でも載っている大きな事典が欲しかったのだ、

7140円もするその本が、古本になると1750円で手に入る、送料を払っても2000円ちょうどだ、買わない手はない、

お小遣いを使いすぎて、2000円の金にも不自由しているぼくは、来月9月がぼくの誕生日だということに気がつき、誕生日プレゼントとして、その本を買って貰うことにした、
それでいいわよというので、早速注文し今届いたのだが・・・、

事典って、歳時記じゃなかったのだなあ、俳句に関してのあれこれ、主立った俳句作家の略歴や経歴紹介、俳句結社の紹介、若干の作品紹介と、決して欲しかったものではなかった、、

函入りの事典だったのだが、その函の目立つところにシールが、あの大手古本チェーンで使われているあのシールが、

シールには105という数字が印されていた、、
2000円も出した本は、ブックオフでは105円だったのだ、

目利きの古本屋が、同業者の店に行き、本来ならもっと高く売れる本なのになぜか安い値段が付けられている本を見つけ棚から抜き取り買い取ることを業界用語で”背取り”というらしい、
ぼくが買った本屋はきっと、ブックオフの棚から背取りして、いつか来るお客を待っていたのだろう、

欲しい本が5180円も安く手に入ったのだから、元の値段が105円だったと知ったからといって不満足でも怒ってもいない、
そういう企業努力があって店が継続し、本を待つ顧客に対してサービスが持続するのなら、それはとても結構なことなのだ、

ただ、60歳を過ぎたぼくの誕生日にいただくそのプレゼントの、その値段が105円だというところにちょっと、ひっかかるものがあるだけ、

プレゼントは値段ではないと十分承知しているのだけどなあ・・・、



2011年8月28日日曜日

文章の話

文章を書くことも、読むことも大好き、

書いたり読んだりが好きだからといって、文章を作ることが上手かというとそんなことはない、
ボクシングが好きだからといって、必ずしも強いとは限らない、それと同じくらいの意味で、、

しかし、書くにあたって自分なりのこだわりはある、

過去に読んで、感動したり影響を受けた多くの作家たちの文章、
書く上での文章作法であったり、漢字の用い方、書く内容の正確さ、句読点の打ち方、てにをは、一行を書くことに心血を注ぐその姿勢などなど、それはいろいろあるのだが、好きな作家の一方である吉行淳之介氏には、漢字に関してこういうこだわりがあった、

人のカラダを表す漢字に幾つかあることは、今これを読まれている方ならご承知のはず、
例えば、身体、体、躯、躰、軀、などなど、

これらのカラダを表す漢字のうち、吉行氏は、必ずといっていいほど、軀という字を用いた、
その理由として、氏はこう述べている、
>躰には男性的で溌溂とした健康的なイメージがつきまとう、私の文章には男性的健康的な字が似つかわしくないと思われるのでを用いる

今、手元にこのことを記述した文献がないので、正確な文章ではないことを謝りながら、大筋の意味ではそれほど違ってはいないと思っている、

一文字に対してのこだわり、
なるほどなあ、単純なぼくは、作家でもないのに、このこだわりに影響された、

また、努めて意識していることは、誤字をなくすということ、
よほど自信が持てれば別なのだが、少しでも、これは?と思うと、簡単な字でも辞書をひく、ようにはしている、つもり、、

思い違いや、この字はこうだとの思い込みから、今でもよく漢字を間違える、
人には見せない日記のようなものならともかく、他の人が見る文章に漢字の間違いがあれば、読まれている方々の興を削ぐことはなはだしいし、第一、失礼だと思うから文章を書くときに辞書は手放せない、
(今はパソコンからのキーボード入力が主になり、漢字変換ソフトの変換成功率も一時期に比べ格段に進歩したから、入力ミスがない限り、紙の辞書を開くことはあまりない、のだが)

ところで、図書館から借りてきた本の中に、肌に合わない文章を見つけたので、ここに書いておこうと思う、

上手いか下手かというより、ぼくの肌に、感性に合わない文章なのだ、
良い悪いでなくて感性の問題、これは仕方がないよね、、

どこがイヤなのかというと、カタカナの多用、

作者は魚が好きで、車を飛ばし全国のあちらこちらの漁港を訪ねては、そこで食べた魚の美味さや、地元での魚調理方法を紹介したくて書いた、と述べておられるのだが、、

>ウチはジイサンの頃からタコ壺漁
>カゴを使う漁では小さなマダコも入ってしまう
>目の前の海にいたヤツの足を、
>輸入冷凍モンとははるかに異質
>また来るワと言ったんだってよぉ。ハッハハハハ

んーーー、、、肌が合わない文章だなあ、、、

本を手に取りぱらっと見ながら、目次を読んで借りたのだけど、全部読まないで返却することにした、

そう思って、目次をもう一度読み直したら、
ほんまモン利尻コンブ、カラスも狙う南蛮エビ、仕上げはさつまメシ、石川漁港はエキサイティング、、


ギャアアアアーーー




2011年8月27日土曜日

趣味の一つは俳句


俳句をカタカナにして濁点を打ちバイクも好き うぷぷ 
ブーンブーン ドドドドドッドド

九月の句会の兼題は「良夜」 
良夜は月の良い夜で名月の夜のこと



古絵皿に収まりきれぬ秋刀魚かな

竜胆の一叢立つやけもの道

分け入って分け入ってなお秋櫻路

永の縁ただ寄り添ふて良夜かな



今日も練習



メルアドをここで使ったもの以外で入力すると他人になってしまうようだ、
メルアドが本人確認チェックに使われているのだから、当たり前か、

(フリーメールを、いくつも持っているとこうなる)
グーグルのGmail ヤフーのyahoo.co.jp マイクロソフトのhotmail.com
覚えているだけで3個もあるぞ、、

どれをどこで使ったのか覚えていないとアクセス不可になる、
今日はそうなったから、少し焦った

ちなみに、今日はリターンキーが改行になっているし・・・、
Windowsというよりも他のOS仕様のキー入力のような、気がする
理科学系でよく使われるアレみたい、だけど自信がないから名前省略、



2011年8月26日金曜日

なるほど

 

同日カキコは、どうなるのかな



大雨



ゲリラ豪雨に見舞われた、
雨宿りしていたら、思わぬ出費だった、

こんなことになるのだったら、300円の傘を買って帰ればよかった、、

これで二度目のカキコ、どう表示されるのか、


気がつけば、改行にリターンキーは効かないのだなあ、
↓キーで、改行させる、ちょっと馴染まないかもだ


2011年8月25日木曜日

書き初め





書き初めは、新年の二日目におこなうものらしいのだが、
ここに書くのは初めてなので、これも書き初めなのだろう、との意味

ここに安住するのか、またどこかに引っ越しするのかわからない、
使ってみたで決めていくつもり、