2012年9月28日金曜日

新米

今年も新米が新潟から届いた、
そろそろ届く頃だと思ってはいたのだけれど、家の米の在庫が無くなりそうだったので、昨日、米を買ったばかりだった、
届く頃なので、5kgと、普段より少なめに買ったのだが、やはり、買った直後に届いた、

こういうことが、毎年よく起きる、、

家人の実家も農業を営んでいるので、そちらからも新米が30kg届く、
家で買ったばかりの10kg、新潟から届いたばかりの30kg、そして山形からの30kgと、合計70kgもの米が玄関口に山積みになることもある、
嬉しい悲鳴とは、こういうことをいうのだろうと、家人とその光景を見ながら喜んでいる、

送ってくださいと請求するわけではないので、いつ届くのかわからない、
たぶん、もしかしたら、今週あたり米が届くはずなのだがと思いながら、つい心配になり買ってしまうのだ、

新潟県の南魚沼郡産コシヒカリ、、
スーパーで求めるあきたこまちも美味しい米ではあるけれど、口に合ったコシヒカリ、まして新米ともなれば、新潟に少し分があるようだ、、

さて、そのお礼の電話、
届きました、ありがとう、ではお元気でと、済みそうなのだが、そう簡単にはいかない、

時候の挨拶やら近況を伝えることなど、10分か15分は電話の受話器を通じてしゃべらなくてはならない、
じつは、これがけっこう苦手・・、

どう身体は大丈夫、みんな元気?
と、問われ、はい皆元気です、変わりありませんと、繕っていえばよいものを、ついつい、少し体調を崩してとか、子どもが職を替わってとか、伝えなくてもいいことと思いながら、正直に言ってしまう、

あらどうしたの、治った?なんで会社を替えたのよと、そこからまた会話が続き、結局最後はいつも通りに、お大事にね、みなさんによろしくで、電話が切れる、

田舎の人は、送った米が届いたかどうか、すぐにでも結果を知りたがり、何日も間をおくと、向こうから「米を送ったのけど、届いたかなあ」と、電話がくる、
電話が億劫なので放っておいたと、告げることもできないので、出張で居なかったとか、なんとか、相手を傷つけない程度のウソをつくことになる、

ウソをついてはいけないと、何十年も前に小学校の先生から教わったのだが、いまだに、ウソをついて生きている、、

もっとも、昔の彼女が、温かいウソと冷たいホントがあるのよ、とのたまわっておられた、
うどんや蕎麦にも、温かいのと冷たいのがあるように、ウソにも、温度差があるようだ、、

いいのか、こんなシメで・・、、




2012年9月23日日曜日

三日連続の点滴

今日も、点滴だよ、
点滴の他に飲み薬だべ、まったく薬漬けの毎日だな、
おかげで、何の薬の副作用なんだか、顔が膨れてきてしまい、人相が変わっちまった、
特に、目の周りが盛り上がってきて、目だけ見ると別人だよ、

喉の痛みや、舌の下の腫れはいくらか和らいできたから、なんとか薬の効果を信じてこのまま薬漬け生活に続行のGO指令を出そうと思うのだが、
ただでさえ小さくない顔なのに、これ以上、膨らませてどうするんだよ、ったく、、

今朝は、早朝から髪切り、おかげですっきりした、、

理容学校へも行っていない、実技も何も教わったことはない、全くの独学の家人の髪切り技、調髪というのか、相変わらずスゴイなあ、
一枚刃の日本カミソリで、うなじやら、もみあげ、顔まわりのひげそりもしてもらうのだが、過去に一回も顔を切ったことはない、
一枚刃がこわくて、いつもT字型カミソリしか使っていないぼくにとっては名人の技を見ているようだ、




五月天 と書いて MayDayと読むらしい 発音を気にしなければ メイデー でいいのだろう

台湾のロックバンドだというのだが、ロックというよりも、日本のスピッツに似た音色で癒される、
台湾語、北京語?なので、歌詞の意味はまったくわからないのだが、甘くもせつない青春の一頁、好きなフレーズだなあ、これ、を切り抜いて歌にしたような歌、
これから、出てくるバンドだと思う、

まあ、聴いて、

裏話で、スピッツが初期の頃には、実はパンクロック志望のバンドだったことはあまり知られていない、パンクロックを演ろうと思っていたら、ちょうど同じ頃、ブルーハーツというバンドが存在し、どうみてもあちらの方がパンクだ、ならおれたちの音楽って何なんだと、
急遽、路線を変更し、あのみんなが知っているスピッツの音楽ができあがった、
変更して正解だと思うよ、ぼくは、、

じゃなければ、数々のスピッツの名曲を聴くことができなかったかもしれないのだからね、

2012年9月20日木曜日

体調悪し

先週来、口の中があちこち痛み、舌の下、なんというのか、舌の裏側を見るときに鏡に映すところが、めちゃくちゃ腫れ上がり、滑舌も悪くなるほどだった、

舌が二枚できて、そのうちの一枚が口から飛び出そうな大きさに・・、は大げさか、、

今までそんな場所が腫れたことはなかったので、こわごわ病院へ行くと、いきなりの点滴、CTスキャン、
もしも化膿していたら化膿の部位がどこまで進行しているのか確かめるためのCTだったらしい、
幸い、化膿はしていなかったのだが、医師からは入院しての点滴を勧められた、
仕事があり今週は休めないと伝えると、

おどかすわけではないけれど、化膿すると全身麻酔で喉を切開し膿をひきだす大手術になりますよ、と、、

全身麻酔かよっ、

抗生物質をのんで、副作用をやわらげるための整腸剤ものんで、なんだかんだで6種類、一日三回三食後、8錠の薬をのんでいる、
それも明日で終わり、明日は朝9時からの問診が待っている、
8時前には家をでることになるだろう、

こうやって書きながらも、口の中の違和感が取れない、
今まで気がつかなかったけれど、舌で発音というか発声をしているんだね、
舌が腫れて動きが悪くなった途端に話が伝わりにくくなった、
一つ一つの文字の発音が不明瞭なため、相手にとって聞き取りにくいのだ、

生きるのか死ぬのかとなれば、死にはしないのだろうが、不便極まりない、

腫れがまだひいていないので、また7日分、薬が出るのだろう、

こんな状況でも楽しかったのは、白血球の数が5600だったこと、
いつも1400とか1800くらいしかないので、5600もあれば嬉しい、
きっと、口の中の炎症を抑えようと、白血球たちが現場に駆けつけたのだろうなあ、

ひ件はケン場でおてぃている(事件は現場で起きている)のだ、、



※歌は、佐渡山豊 例のドゥチュイムニー「ひとりごと」なのだが、なぜアップしたかというと、
傍らでバイオリンを弾いている彼女、いつか紹介したHONZIさんなのだ、
本名、本地陽子さん、

ストラディバリウスのバイオリンもステキなのだろうが、彼女のバイオリンは、ぼくの側で弾いてくれているような、庶民性に溢れている、
庶民=文化度の低い人、と思っているバカがいたら叩いてやろう、
死や苦や病、憂き世のつらさを抱えて生きている人々を慰め励まし、安寧の時をたとえ一時でも枕元に届ける、
気取ったフレンチの冷えた静謐よりも、嬌声と大声で溢れかえる民謡酒場のおねえさんの肌の温もりのようなもの、彼女の音楽に、そんなことを感じ取るのだ、

しかし、佐渡山氏、ずいぶんと肥えていた、今はすっきりと枯れたじいさんになっているけど、、
ぼくももう少し歳をとれば枯れるのだろうか・・、






2012年9月17日月曜日

腸より大事なもの

テレビで、医師が、人間にとって腸ほど大事なものはない、と力説していた、
健康かどうかすべて腸で決まると、、

よく見ると、その医師は毛髪が薄いのだろうか、目立つほどのカツラを付けていた、
医師にとっては、腸よりもさらに大事なものが他にあったのだろう、、



中国が荒れている、



日本総領事館が襲撃され、日系企業が襲われ、日本車がひっくり返され、日本人だとわかると殴打される危険性があるので、日本人は外出しないようにしているのだとか、

にわか愛国主義者、一時ナショナリスト、中国政府に対する不満分子、尖閣諸島の正確な位置を知らない中国人、ただ騒ぎたいだけのストレス解消者らにまじり、”職業的”反日活動家も確認されている、

国家にとっての領土と、国民にとっての土地という認識の間には、政治的にも文化的にも大きな隔たりが在る、
国家目的である戦争遂行論、侵略論が、まるで、総国民の望みであったかの如くすり替えられていく様を、ぼくらは、この100年の間に何度も見てきた、

農耕民族の国境に賭ける情熱と、遊牧民族のそれにも差があるだろう、
自らが所有する確固とした土地が欲しい農耕者と、草さえあれば国境は要らない、必要なときに必要な場所へ移動するさ、とする遊牧民族、
中国がかつて、内モンゴル自治区として手中に収めた広大な草原地帯には、いまだに、モンゴル人でありながら、中国人として登録されている400万人以上の人間が暮らしている、
モンゴル系中国人という、

さて、領土論、
歴史的には、どう見ても日本の領土であったらしい・・、のだが、歴史をどうみるか、いつからの歴史を歴史とみるのかで、その歴史的という言葉が時間軸上を前後にぶれていく、

今現在は私たちの土地だとするパレスチナ、2000年前は我々の土地だったと主張するユダヤ人、
誰の土地でもなかったはずの、たかだか1万年前・・・、

どこまで主張しても、どちらの国家にもメンツがあり、振り上げた剣を収める鞘が見つかるまでは、今後何十年も不毛の争いや論議が続いていくのだろうか、

ぼくが尖閣諸島に上陸することは20000%ない(どこかで聞いたよね、徹くん(冷笑))だろう、
正直いうと、日本政府や中国政府が問題にしているほど尖閣諸島問題に情熱を燃やしていない、
国家的利益確保という大言にも、あまりピンとはこない、
ぼくと国家とは違うのだし、国家のこれまでの在りように疑問を持ってもいるからだ、

はっきり言わせて貰えば、ぼくが望んだ国家が我が国に存したことは、かつて一度もない、
そうした国家論を保持し続けているぼくのことだから、この問題に対して明瞭な答えなぞ、持ちようもないのだけれど、大人の判断として言わせて貰うのなら、

今の日本政府にも中国政府にも、解決能力は無い、と断言できる、
このまま反目がエスカレートしていけば、小競り合いから武力衝突へと、拡大していくのは目に見えている、
海上保安庁から自衛隊へ、その主力が入れ替わることのほうが大問題、
傷つき死ぬのは、国家の中枢にいるシロアリのような老人たちではなく、中国や日本の青年たちであるのだから、

なので、あと100年後200年後、両国の有能な子孫たちが解決の手段を見つけるまで、問題を棚上げすれば、どうよ、、
どちらも上陸しない、どちらも恒久的な施設の建造をしない、お互いに引いて見守る、
そのくらいしか案は浮かばないけどなあ・・、

反日デモの参加者の中には、日本に宣戦布告をしろ、とわめきちらす愚者もいたとか、
日系の食堂や、日系デパートを襲い品物を持ち出す輩もいたとか、

デモ参加者でなく、ただの略奪、強奪、放火、強盗、暴行、空き巣狙い、の集団なのだな つまり、
中国の領土を守れと聲高に叫びながら、その実態は、チンケな犯罪集団の集まりなのだよ、
と、思われても仕方がないほどの、中国人の民度の低さ、そこだけは強く指摘しておこう、

このごろ朝刊を、ひとつの杞憂をもちながら眺めている、
在日中国人を日本人が襲わないか、中国系日本人を襲わないか、中国料理店、中華飲食店を襲撃し物品を奪う行為はないか、

今のところ、横浜でも、神戸でも、長崎でも、池袋の中華系風俗店でもそれは確認されていない、
よかった、よかった、

中国人と日本人、どちらが大人(たいじん)であるのか、今日現在では結論が出たようだ(笑)

※音楽は「インターナショナル」 いつの時代も、犠牲となるのは国民だった、
  そんな時代にはもう訣別しようよとの、願いをこめて。。
  国家的な呪縛を絶ち、万国の労働者よ団結せよと、彼の中国人自身がかつては歌っていたし、今も歌っているはずなのに、だ

海を隔てつ我等 腕結びゆく この意味がわかっているのだろうか


起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し
醒めよ我が同胞は来ぬ
暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて
海を隔てつ我等 腕結びゆく
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ
あぁ インターナショナル 我等がもの
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ
あぁ インターナショナル 我等がもの


  

2012年9月13日木曜日

オリンピックとパラリンピック

健常者たちによるオリンピックが終わり、身体に障害をもつ人たちの体育の祭典パラリンピックも終わった、

どちらもロンドン大会、
種目も、水泳、陸上、球技とかぶるものが多く、同じ会場、同じ日時で競技可能だと思うのだが、なぜかいつも、パラリンピックはオリンピックの閉会式の終わったあと、同じ地で開催される、、

参加することに意義があるとされた、古代ギリシアを発祥の地とするオリンピックが、メダル獲得競争、商業化への道を邁進してすでに久しい、
ある国は国威発揚のために、ある国は国民の内部の不満を外に向けるために、そしてある国は儲けるためにオリンピックの道を突き進む、

戦争のない世界、人類の英知を結集し平和な世界を築こうと、そのために国同士でスポーツの交流を活発化し、政治や外交の世界でないより親密な関係を築きあげるのだ・・、
古代オリンピックを近代や現代にもちこんだ最大の理由は、たしか、そのあたりにあったはずなのだ、、

なのに・・・、

メダル獲得数に興味がないので、その数をここに列挙することは控えるが、アメリカも、中国も、そして我が国日本も、それぞれ多数の金や銀や銅色のメダルを獲得したはず、
そして、発表されたその数の中にパラリンピックで獲得された各国のメダルの個数が集計されることはない・・、

健常者たちのメダルが本気で、障害者たちが獲得したメダルなんて・・、とは決して言わないだろう、
しかし、本心は見え見えなのだ、、

開会式での選手入場、健常者、障害者が手を取り合い共に入場することは、これまでのどのオリンピックでもなかった、
天は人の上に人をつくらず人の下に人をつくらず、という有名な警句を生んだ国も、自由平等博愛を旗印に民主主義革命を成した国でさえ、かつて一度も、なかった、

百歩譲って、本来の参加することに意義があるとされたオリンピックから逸脱し、金メダル獲得競争に狂奔するのなら、それは認めようと思う、
経過(努力)よりも結果(メダル)が大事だと選手の考え方も変わり、発展途上国にとっては絶好の国威発揚の舞台、これを利用しない手はないのだから・・、

ならばそれは認める、認めるかわりに、障害者と健常者との間に横たわる大きな壁を取り外せ!

オリンピックとパラリンピックの同日開催、トラック競技の予選、本戦、決勝も、オリンピック対象選手の競技の後で、パラリンピックに出場する選手たちが出場し、観衆に日頃の努力の成果を披露する、

メダル獲得競争も、健常者が獲得した数に障害者が獲得した数を合算して発表する、
もし、パラリンピックとオリンピックが同日開催されるのならば、メディアはパラリンピックでのメダル獲得を無視できない、、
同日に行われた競技でパラリンピックの結果を報道しないメディアには、抹消か抹席か、どちらにしても手厳しい結果が下されるだろう、

そして、少なくとも、入場式での選手入場は、各国選手団は母国の障害者を先頭にして入っていこうよ、
メジャーなオリンピックの有力選手が、自国の車椅子選手の背中を押して入場する、二人で観衆の歓呼に応える、

それこそが、ぼくが、思い描く理想の世界なのだ・・、

※イギリス王子の全裸写真が流出したと同国大衆紙が、、
 王子ひとりだけ、ポロリンピックに参加したのだろう  げふっ



夏季 パラリンピック種目

冬季 パラリンピック種目





2012年9月12日水曜日

風邪をひいた





昨日の夜、寝る前から寒気がし、あまりにも寒いので冬の掛け布団を出してもらい風呂にも入らず床についた、
ひさしぶりの風邪、
喉が痛い、寒気がする、足元が冷たい、身体の節々が痛い、、

べつに夜遊びをしたわけでもないのに、なんで風邪をひいたのか、よくわからない、
一日中、点けっぱなしのエアコンが原因なのか、エアコンが効いた部屋で、薄着のまま寝転んで本を読んでいるのが原因なのか、おそらくそのどちらもなのだろう、、

今日は仕事の日、朝7時にはつくば市に向かって車を運転する、
昔から風邪だと思うと、某製薬会社のルル三錠を服むことにしている、
効くのか効いていないのか、よくわからないのだけど、なんとなく楽になる、なったような気になる?!

今日一日仕事をし明日も仕事、うまくいけば明日は午前中で終わる予定、
これが終われば来週の火曜日までは何もないからゆっくりできる、
あっ、土曜日は将棋の会だなあ・・、
いきなり日本酒で始まる将棋の会、無理して呑まないようにね って誰に言ってる、、

他人の風邪ひいた話を読んでも面白くないよね、もうしわけない、
たまたまここを見たという、これも何かの縁ということで、、

こわいのは風邪でなくて、白血球が少ないことからくる合併症、
風邪から肺炎、肺炎から・・、なんになるんだっけか、肺癌じゃないよね、肺結核でもないしなあ、
まあとにかくだ、風邪をこじらせたらこわい、という話、
こんなまとめでいいのか・・、

※写真は最近の”がっちゃん” 少し毛も伸びて一段とたくましく男らしくなった
 腹が減ると、減ったという合図にjo太郎をいじめる悪い猫なのだ、、




2012年9月10日月曜日

友人



昔、島で暮らしていたことがあると、ここで何回か書いた、
島で知り合った島民とは、あれから30数年経った今でも何人かと交際がある、

島でぼくが担当したさまざまな仕事の中に、島中の各家庭にプロパンガスを配達するという仕事もあったので、島のすべての住民の家と名前と家族構成を知っていた、
家族が多ければガスの消費も多く、あのうちはそろそろ無くなる頃だと、予測が立つからだ、

同じ苗字が多い島では、戸籍上の苗字よりも屋号の方が通りやすく、トクベエ、ジロベエ、などという屋号でお互いわかりあっていた、
今でも、ほとんどすべての屋号と顔を覚えている、
配達のルートを自分で工夫し、後ろに戻ることがないようにしたので(車での配達を少しでも早く終わらせるために)、何人かの氏名を忘れていても、その場所を思い出せば、Aの名前がでてくれば次はBだと、芋の蔓のようにずるずると記憶が引きずり出されてくるのだ、


大学を中退し、ボストンバッグ一つとサッカーボール一個だけを持ち島に渡ったのは25歳の秋だった、
いきなり来られても困りますという相手の制止にも、こちらにはこちらの都合があるのでどうしても今晩の船に乗ります、と押し切り、無理矢理押しかけた、
押しかけなければ、自死か行方不明か、まあ、そんなところだっただろう、

その時に知り合った島民、また同じように都会の生活に見切りを付けて島へ渡った数十人の先輩やら後輩やら、その人たちの特徴と氏名は今でもはっきり覚えている、

すごいね、とても記憶力が良いね、と毎回誉められるくらいには覚えている、
ぼくにとっては恩人たちであったし、島はオアシスだったのだから、、
オアシスというのは誇張したり美化したりした表しようではなくて、都会という砂漠で遭難しそうだったぼくにとっての、まさに実感なのだ、

特に仲が良かった友人とは毎年一回の割合で会い、酒を飲みながら歓談の時をもつ、
友人が島から上京し(※島では、東京に行くことを”江戸へ行ってくる”といったりする)てくると、連絡があり、時間があえば惜しまずに出向いていく、

会う場所はいつも浜松町、夜11時に島へ向けて船が出るので、乗船客にとって都合がよいからだ、

先週の土曜日、ひさしぶりに友人とその奥さんと三人で浜松町で呑んだ、
後から、ぼくの長女も合流し、4人で船が出発するまでの数時間、居酒屋で歓談した、
娘が島を出たのは小学校一年生の時、彼女にとっても30数年ぶりの再会なのだ、
30数年という時は、人の顔を朧にし、当時の記憶もかすれさせるものなのだろう、

友人は娘を覚えていても、娘は友人の顔をかすかにしか覚えてはいなかったようだ、
7歳だった彼女にとって、同級生や先生ならばともかく、お父さんのお友達、までは、記憶に残らなかったようだ、

島はいいよ、疲れたら島へ行くといい、どんなストレスも島で1年も暮らせば治ってしまうだろう、
都会とは時間の流れが違う、満員電車も渋滞もない、周りは海だけ、春も夏も秋も冬も海だけ、
海が好きなら島へ行ったほうがいい、うん。。

※写真は竹芝桟橋夜の11時ごろ、出帆前の光景、懐かしくて涙ちょちょ切れるわ・・、



2012年9月7日金曜日

日々雑感

出張の際、宿泊に利用しているホテルは、掃除を頼まないと4500円で宿泊できる、
毎回、同じホテルを利用しているので、こちらの顔を覚えられ、フロントの担当とも顔馴染みになり、気軽に声をかけられるようになった、

朝食が洋食(食パンと卵焼き、ウインナ3つ)と、和食から選ぶようになっていて、どちらもワンプレート、、
和食は、ごはんと味噌汁がおわかり自由で、プレートのおかずとは別に納豆と生玉子を食べることができ、おおよそ30ccばかりのヨーグルトがデザートにつく、
さらにコーヒーや他のソフトドリンクが飲み放題、

食堂の入り口には大きな木彫りの虎が配置され、敷地内に”平壌苑”という高級な焼き肉屋も隣接しているので、おそらく経営者は北朝鮮系の人物なのだろうと推測している、

朝食は500円、夕食は650円、あまり夕食を注文することはないのだが、今回初めて夕食をたのんだ、
とんかつ定食、野菜炒め定食、アジフライ定食、焼き肉定食、カレーライス、
その中から、アジフライ定食を選んだ、
山盛りのキャベツの千切りの横に、アジフライが三匹、、、
油ものの多さに辟易したのだが、残しても・・と思い、三匹すべてを平らげた、
食後のコーヒーを飲み終わっても、まだ胸に油がとどまっているようで苦しかった、
アジフライは二匹でいいから、他に煮物とかを付けて欲しかった、、

部屋にはテレビ、電話が備え付けてあり、テレビはデジタル、今時なら当たり前か(でも自宅は今でもアナログなので・・、デジタル放送をアナログに変換して視聴している)、

例のエロビデオチャンネルも選択できるのだが、冒頭の30秒あまりの紹介が終わるとあとはザーっと砂嵐になり、続けて見ようとすれば各フロアーのエレベータ横に置いてある有料カードを購入しなくてはならない、
このカードの料金が一晩見放題(朝7時まで見放題)で1000円、

朝食が500円、夕食が650円で、エロビデオ代が1000円なのだ、、、

宿泊代が4500円なのに、朝食夕食をここで食べさらにエロビデオを見ると、7650円にもなる、
安いといえば安いのだろうが、高いといえば高いだろう、、

試しに、あくまでも試しに、参考程度に、どのようなものなのか調査の意味から、エロビデオ鑑賞カードを1000円で買い、しつこくなるが、朝食は500円、夕食は650円なのにだ、見てみた、

色事が大好きなナースが、入院患者の男性のベッドにこっそり忍び込み、色々気持ちいいことをしてしまうという設定なのだが、白衣の下にはブラジャーもなくて、いきなりの大ぶりな乳房の開陳、
どんな病気で入院している患者なのかわからないのだが、ナースが男性患者の上にまたがり大胆に腰を使い声をあげ白目を剥く、
こんなんじゃ治る病気も治らないよなあ、と、まあ普通の気弱な男性の感想、、

あのノーベル文学賞受賞の大江氏も、かつてはかなり大胆な性的描写を文中に描いた作家であったのだが、性的なシーンの描写がイコール、性的興奮を励起するものではないので、そちらを目的で読まれる読者には申し訳ない、とかのコメントを自らもされていたと記憶している、

社会党の委員長刺殺事件に題材をとった、温和しい男子高校生が右翼に染まっていく「セブンティーン」、学校では誰からも相手にされない目立たない男子生徒の自慰行為が描写されていた、

他の短編では、同棲相手の女性と、短期間に何度も何度も繰り返し性交をおこなう若い男性が主人公の話の中で、婦人科を訪れた女性の外性器を診た医師が、「あなたの性器は、まるで15年の性生活を経た性器のようですなあ」と、驚嘆するシーンが出てくる、

もっとも男性の性器も「使い古された水道のホース」状になっていたと、いうので、なるほど、性交というのは男性にとっても女性にとっても、身体を酷使するものなのだと、妙なところに感心した覚えがある、

かたやノーベル文学賞、かたやエロビデオ、
おなじ性を題材にしながら、どこがどこでこんなに違うのだろう、というのが今回の問題提起、
提起などというほどの問題でもないのだろうけどね。。




2012年9月3日月曜日

副作用

先週の月曜日から金曜日までの5日間、錠剤の抗癌剤を服用していた、、

今回は少し副作用が激しい、

この薬を服むといつも起きる手指の痺れ、痺れというか、爪先が常に深爪しているかのような違和感、それはチリチリとした意識化を常時伴うのでとても気になる、、

今回はそれと同時に、胸のつかえのようなものが常にある、

息苦しさや、呼吸がままならない虞のようなもの、無呼吸症候群というのはこういうつらさなのか、そんなことを思わせる、、
決して呼吸ができないわけでなく、普通には暮らしているのだけど、不快なんだなあ・・、
胸骨の中心を押さえるとゲップは出ないまでも、小さな苦しさの元のようなものが感じられる、、

こんな身体なのに、友人からの誘いを受けた昨日は行けなかったので、今日行ってきた、

俳句、将棋、どちらにも共通のメンバーで、今では親友といってもいい仲なので、顔を出した、
同じく俳句の同人が営む小料理屋で・・、

中生も呑めないので、さらに小さな生ビールにしてもらい一杯、あとはウーロン茶で、しばし雑談、


彼の父親は今年亡くなったのだけど、その骨を粉骨にしてもらい、母親がまだ持っているのだとか、

母親の気持ちとしては「もし、私が死んだら、夫の骨と一緒に混ぜて石にして欲しい、子どもたちにあげる、要らないなら捨てればいいし・・」ということらしい、

戒名も葬儀も要らない、生前の名前を書いた小さな紙切れだけを残して骨は石にする、、

骨を綺麗な石にする職業がすでにあるのだとか、
お金をだせば骨がダイヤモンドにもなるのだとか、費用はわずか、ダイヤモンドに加工しても数万円で済むらしい、
※骨はカルシウムで、ダイヤモンドは炭素、CaとCでは元素がまるで違い、骨がダイヤモンドになるというのは科学的な話ではないのだけどね 

埼玉県の戸田市にそれをする会社があるので、来週の火曜日に、そこに行ってみようよ、となった、


死を意識する年代になると、話題も死や死後の話題になってそれが普通、

予測される死後の面倒、葬式代、戒名や墓地、永代供養料や、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌・・・、そうしたもろもろを、子どもには残さずに、俺たちの代で断ち切ろうと、そんな結論を得て話を終えた、、

ぼくは青い色が好きで、サファイアが好き、ロイヤルブルーの青が好きだし、コバルトブルーという言葉の語感も好き、コバルト雀という魚も好き、

誕生日が今月で、誕生石がサファイアだと知る前から、青い色が好きだった、、

ぼくの骨からサファイアができればなあ・・、嬉しい、、、


家人の子どもが三人、ぼくの子どもが五人居るから計八個、、


八個といえば里見八犬伝、それなら仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 八つの字を彫ってもらおうかな・・、

古っ

明日は日帰り出張、明後日からまた泊まり込み、金曜日の夜には帰宅、、

なんていうのか名前はわからないのだが、たっぷりの野菜と肉が入った熱々の鍋、唐辛子で真っ赤になった韓国の鍋料理を、ハフハフいいながら思いっきり食べたい、
地元にあった韓国料理の店がなくなりタイ料理の店になったので、それがかなわなくなった、
かなわなくなったと思ったらますます食いたい、
誕生日祝いに、娘にねだってみるかなあ・・、どう?(苦笑しながら・・





2012年9月2日日曜日

Bob Marley


ある民族がある民族より優れている、または劣っている
そんな思想が、最終的かつ永続的に根絶され廃棄されない限り
いたるところで、戦いは続いていく

いかなる国においても、市民の間に差別がなくなり
人間の肌の色が目の色と同じく意味をなさなくなるその日まで
戦いは続いていく

基本的人権が民族にかかわらず
すべての人に平等に保障されるその日まで
戦いは続いていく

平和の永続、世界市民、国を超えたモラルの法
それらが議論を呼ぶ幻想であるうちは
世界中いたるところで戦いは続いていく

醜悪で下劣な政治体制が
われわれの仲間を
アンゴラ、モザンビーク、南アフリカで拘束する
それらの政権が打ち倒され、
徹底的に破壊し尽くされない限り
いたるところで争いは続いていく

東でも戦争が起きている
西でも戦争が起きている
北でも戦争
南でも戦争
戦争 戦争 戦争の噂が聞こえてくる

勝つその日まで アフリカ大陸に平和は訪れないだろう
もし戦いが必要ならば、我々アフリカ人は戦い続けるだろう
そして我々は勝利する 勝利を確信している 善が悪に打ち勝つのを

Until the philosophy which hold one race superior
And another
Inferior
Is finally
And permanently
Discredited
And abandoned -
Everywhere is war -
Me say war.

That until there no longer
First class and second class citizens of any nation
Until the colour of a man's skin
Is of no more significance than the colour of his eyes -
Me say war.

That until the basic human rights
Are equally guaranteed to all,
Without regard to race -
Dis a war.

That until that day
The dream of lasting peace,
World citizenship
Rule of international morality
Will remain in but a fleeting illusion to be pursued,
But never attained -
Now everywhere is war - war.

And until the ignoble and unhappy regimes
that hold our brothers in Angola,
In Mozambique,
South Africa
Sub-human bondage
Have been toppled,
Utterly destroyed -
Well, everywhere is war -
Me say war.

War in the east,
War in the west,
War up north,
War down south -
War - war -
Rumours of war.
And until that day,
The African continent
Will not know peace,
We Africans will fight - we find it necessary -
And we know we shall win
As we are confident
In the victory

Of good over evil -
Good over evil, yeah!
Good over evil -
Good over evil, yeah!
Good over evil -
Good over evil, yeah! /fadeout/ 

Bob Marley Lyrics - War

音楽で世界は変わる―
それを体現した男が辿った波乱の36年
未発表音源や未公開映像、数多くの関係者証言を基に、
レゲエの神様、ボブ・マーリーの素顔に迫る奇跡の144分!
(映画のキャッチコピーより)

日曜日の午後、かねてから観たかった映画「ボブ・マーリー/ルーツオブレジェンド」を観に、有楽町まで、、
この会場は先日、アウンサンスーチさんの自伝的映画を観たと同じ場所、、
小さなキャパしかない会場には、だからかもしれないがよく人が入っている、

1981年5月に亡くなっている彼、亡くなってから既に30年以上経っているのに、彼の伝記的な映画を観るために集まってきた年齢層も職種もさまざまであろうと思われる男女たち、、
ボブ・マーリーの映画を観に来たのだというそれだけの事実で、親近感を感じる、
それも、音楽を越えた彼の力の一つなのだろう、、

one love , no woman no cry , war , i shot the sheriff ,,,

幾つもの名曲を発表してきた彼は、ミュージシャンというよりも、革命家、思想家であり、20世紀の哲学のある部分を、差別され抑圧されてきた人々の抵抗の哲学を代弁してきた、
その思想、哲学に共感を覚えた世界中の人々からいまだに崇拝され尊敬され愛されている、、

彼が生きていた頃のジャマイカは、極右政党と反体制政党とが互いに銃をもち撃ち合い殺し合い、内戦状態であった、
当時すでにジャマイカの国民的英雄となっていたボブ・マーリーは、どちらの勢力からも注目され彼の支持をどちらの勢力が取りつけるのかをめぐって彼を奪い合っていた、
どちらにも属することを望まず、彼のコンサートで、両方の政治的指導者を壇上に呼び、二つの手をしっかり握らせる、

壇上から聴衆に、あのいつもの飾らないステージングと同じように身体を揺らしながら腕を振り上げ、会場に来ている指導者二人に心をこめて和解を呼びかけるボブ・マーリーの姿と語った言葉に、ぼくは率直に感動した、

二人に(異なる政党の指導者に)上がってもらえないだろうか、
二人がここで手を結んでもらえないだろうか、
それが実現するのならこれほどの喜びはない、、

レゲエ特有のシンプルなリズムとメロディに乗せて語られる激烈なアジテーション、
それに応えて歓呼の声をあげる10万人の聴衆たち、

そして壇上には二人の指導者が・・、

音楽が世界を変えた瞬間だった、、

とまあ、ぼくなりのことばで映画の一部を伝えようと努力してみたのだが、二時間24分に及ぶドキュメンタリーの内容を精確に伝えることなど、最初からできないとわかっていた、

ただ彼の音楽で初めてレゲエという音楽を知り体感でき、その音楽に身を浸す喜びに、、

んーー、、

ここまで書いてきてこの後は書けなくなった、、
目の前の文章を読むと、自分のいいたいことが書けていない、
なんだか評論家然とした自分を発見するだけ、こんなことを書くために時間を費やすのはイヤだ、
しばらくキーボードから離れる、、

ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド

“レゲエ”という一つの音楽ジャンルを世界に広めたミュージシャンであり、さらにジャマイカの歴史すら変えた伝説のカリスマ、ボブ・マーリー。
本作は、世界的なアイコンとなり、神格化されたボブ・マーリーの生涯を、家族や友人、バンド・メンバーによる貴重なインタビュー、さらに今まで明かされることの無かった秘蔵のプライベート・アーカイブで綴った、初のオフィシャル・ドキュメンタリー。
当時、血で血を洗う政争を繰り広げていたジャマイカで、二大政党の党首をステージ上で握手させた、ワン・ラヴ・ピース・コンサート―彼にしか成し得なかった奇跡に至る、彼の行動と緊迫の背景に迫る展開は圧巻の一言。
他にも、多くの女性を魅了した華やかな一面にも大胆に切り込み、一方で、幼少時より人種的な偏見に晒されながらも、その逆境に立ち向かった青年期など、初めて知るようなエピソードが数多く描かれている。

とされた映画を観ることをお勧めする、、9月14日まで一日4回上映中 角川シネマ有楽町にて