2017年9月16日土曜日

今月の句会

天と地の映る一滴石の露

↑これはいいんじゃないかなあ  汗
一滴と露が、つきすぎかしら、、 よくわがんね、


朝食は秋刀魚一尾の徹夜明

名月や女一文字波が消し
三日月や恋の一文字波が消し
波が消す恋の一文字海の月
砂に描く恋を消す波大満月


洗ひ終えし赤子受け取る月の夜
                秋の夕
                新の月 ← これが一番いいかも、だなあ、、、

胃袋を出して滝にて清めたし


恋を詠む歳にあらざり秋寂し
恋詠まぬ歳になりけりそぞろ寒

女生徒の笑顔爽やか哲学道
女生徒の涼し足裏秋小径

新涼や白き便箋青インク

上の中から四句選んで出席するのだけど、まだ決まらない、



今月の兼題(先月の宿題)は、名月
名月は、桜と並ぶ大きい季語なので、毎年5万から数十万の俳句ができている(はず?)、

名月に何を取り合わせるのか、問題はそこ、

名月は月だから、土星とか冥王星とか、そっちもありかな、なんて考えてもみた
んだけどさ・・・、


主宰から、
「山河ちゃん、そろそろ本気でやろうか」と、言われた、、
山河というのはおいらの俳号ですわ、奥様、、


あのー、けっこういつも本気でやってるんですけど、、、

んーーーー・・・




2017年9月11日月曜日

和牛日本一

5年に一回の、和牛日本一を決める大会?が今日おこなわれるのだとか、

5年に一回なので、2020年東京オリンピック・パラリンピック時には
今日選ばれた和牛が、その時にも「日本一の和牛」という称号を名乗ることができる、
のだとか、

日本一になれば、その価格も10倍20倍と跳ね上がり、名誉と経済効果と
その両方を手中におさめる、

連覇している宮崎牛をはじめ、全国から、日本一を決めるために、牛はもちろん生産農家も参加する一大イベント、

肉牛でなく、種牛の大会、品評会なので、参加した和牛たちが、大会後、
食されることはないのだが、
ないのだが・・・、

「シャンプーも一番高いものを使い、人間以上です」
「ストレスを与えないよう、優しく声をかけています」

毛並み、体高、体長、顔の面積の大きさ、歩き方の品位、背中と腹の線が平行であること、などなど、
いくつかの基準に応じて審査される和牛たち、、

審査後には、各出品者自慢の牛肉が無料でふるまわれ、それをあてこんで一般参加者も
数十万人に達すると、、

高級?和牛肉がタダで食えるとなれば、手間も時間も惜しまず馳せ参じる我が同僚、
日本人たち、

大会は和牛日本一を決めるためのもの、
しかし、それって、主役の牛たちにとって、どんな意味があるのだろう、

彼が産ませた多くの仔牛たちが成長し、食える時期になれば、結局は殺され食われる、

牛に限らず豚も鶏も、家畜とよばれる人間以外の多くの動物が人間の腹を満たすために
命を奪われる、

こういうオレだって、美味い牛肉は好きだし、豚肉も大好き、
(鶏はあんまし・・・、)

いただきます、という食事の前の挨拶は、命をいただきます、という意味だと
ある仏教家が語っていた、

感謝していだだかなければ、それこそバチが当る、


思うに、

高級でなくてもよい、最低でも、選外でもよい、
ぼくの子孫を食わないでおくれよーーー!

牛たちの声がオレには聞こえるのだけど、どうだろう、、






2017年8月27日日曜日

洗濯してるから

出かける際、連れ合いとの同行が多い、

散歩、買い物、ちょっとした遠出、展覧会、美術館、デパートの物産展、
あちこちに、二人で出かけていく、

男の出かける支度など言うまでもなく大したことはない、
目ヤニと鼻毛に気をつければそれで足りる、そんなことくらい、
4つある時計のうち、どれを腕にはめていこうか、そこに気を遣うくらい、
まあそんなものだ、

他人のことはわからないが、、

女性が外へ出かけるとなると、それだけではすまないようだ、
顔の化粧はもちろん、着ていく服の選別、服に合わせて靴やバッグ、それに帽子の取り合わせ、などなど、

加えて、家事担当の女性ともなれば、出かける前に片付けなければならない様々な用が、
雑用と書いてしまうと、雑な用しかしていないかのように勘ぐられるので、様々な用と書くのだけれど、
食事の後片付け、猫の面倒、洗濯、散らかった新聞の折りたたみ、まあいろいろ、、
なるべく手伝うようにはしているのだが、連れ合いの範疇というものがある、
そこには踏み込まないようにしている、

で、忙しそうに立ち振る舞っている彼女に、出かけることができる時間を尋ねてみる、、

「何時頃、でかけられる?」

応えはこうだ、

「今、洗濯してるから」

ん?時刻を訊いて動作の返事??
出かけることが可能な時間、11時なのか、12時なのか、あと何分で出かけられるのか、
それを訊いているのだが、今現在、行っている動作を言われてもなあ、と一瞬とまどう、

否、連れ合いの言いたいことはわかっている、

「今、洗濯をしている(このあとすすぎもあるし、それを干してそれからだから、あと1時間は出かけられない、今が10時なら、11時頃になると思うわ)」

そういうことなんだろう、、

連れ合い一人で出かけることもまま多い、

「何時頃、帰ってくるの?」

応えはこうだ、「遅くならないうちに」

何時頃というのは、夕方5時なのか6時なのか、7時過ぎるのか、それを訊いている、
それなのに、「遅くならないうちに」というのは、応えとして合っているのかそうでないのか、
彼女の所属する時間帯の、どの部分がまだ早くて、何時になるともう遅いといことになるのか、
ぼくにはわからない、
遅くならないうちにというのが、4時なのか5時なのか、6時?7時?
それがわからない、

二人の会話の、時間のやりとりは、いつもこんな調子、

連れ合い固有の特性なのか、女性一般、みなそうなのか、複雑な議論を展開しようなどとは考えていないのだが、長年連れ添っていても、そのあたりがいまだに、、

連れ合いは、今日、彼女の姉とでかけるそうだ、
「じゃあ、11時に!! 駅の改札で」
姉に電話をしている彼女の声が、寝ているぼくの耳に届いた、

(ふうん、11時ごろ、ではないんだ)

わかっているようで、まだまだわからない、
これだから、人生は面白い。。。


2017年8月13日日曜日

句会

今日は句会の日、
お盆ど真ん中なので、出席者の数が少ないことが予想される、
例年そうなのだ、
数が少ないとわかっているのだから、八月くらいは句会を休めばよいと思うのだが、
主宰が一生懸命なので、そういうわけにもいかないようなのだ、

こういう自分も暑い中、出かけていくのだけどね 苦笑

病葉や外人娼婦立つTOKYO
原点に返れ被爆の国八月
新婚の夜の白みつつ天の川

まあ、そんな句を出そうと思っている、

上手い俳句を作ろうと思ってはいない、
俳句らしい俳句って、月並みに陥りがちでしょ?!

俳句らしくない俳句で、ふっと思い出しては口に出る、そんな句ができればいいかなあ


おれは髪の毛だ
ちくしょう
肥やしにもならねえ  

ロシアの誰かが作った詩


2017年8月5日土曜日

ブランケットキャッツ 終

NHKドラマ、ブランケットキャッツをここで紹介したら
必ず見てますよ、という知人がいた、

何人かに紹介したのだが、見ての感想はどうだっただろう、
実際に会える知人もいれば遠くにいてなかなか会えない知人もいるので、
一堂に会することなど無理な話なのだが、よかれと思って紹介したので
もしつまらなかったら、ちょっと責任を感じてしまうのだ、、、

全7話、一話完結形式なので、前の回を見逃しても問題はないとも書いた、
6話と7話だけは、前編後編になっていて、その形式を踏襲してはいなかったのだが、
さて、全部見終わっての感想を少し述べさせていただくならば・・・、

1話2話3話など、ドラマのはじめの頃の話の方が、軽くて少し笑えて、俳句の俳につながる
肩のこらない眠る前のやわらかなひとときにふさわしい内容だったと思う、

最終話に近づくにつれて、話が深刻になり、そうそう笑ってはいられない中身となっていた、
原作者の意図なのか、制作側の編集なのか、それはわからないのだが、ちょっと意外な展開ではあった、

胃癌に冒されて人生を絶望し、会社の金を持ち逃げして?!自殺を図ろうと企てる中年女性、
父母が離婚したために、離れて暮らすことになってしまった実母に会うために家出する少年と少女、
その3人がなぜか出会い、そこに例のごとく猫もからんで!!、奇妙な、3人と一匹の団体車中旅行が、、

猫さえ居なくなれば猫を探すことで時間がとられ、実母に会わなくてもすむと考えた少年は猫を捨ててしまって、、
なぜなら、実母には既に新しい家庭があり「会ってはいけないんだ」と、わかっているから、、
少女はお母さんに会いたいと泣きじゃくるし、

その猫を、持ち去った自殺願望の女性を必死で探す、譲り主の男と、その幼友達の女性獣医師、、


ねえねえ、
2話連続、前編後編になっているとはいえ、ちょっと詰め込みすぎじゃない?
話の盛り込みに無理があったんじゃないかなあ、、
ラストは、やはりメデタシメデタシで終わるしさ(予想通り)、、

ていうことで、ブランケットキャッツは終わってしまいました、、

次週から、新しいドラマ10(午後10時始まりということから、らしい)が始まるのだとか、
また見てみよっと。。。



2017年7月22日土曜日

お引っ越し

これまでの人生を振り返って、その時にどこに住んでいたのか、記して残そうと思った、
小学校を6回、中学校を3回かわっているオレが、どんな場所で暮らしていたのか、
8歳頃からの記憶をたどるので、忘れてしまって思い出せない場所もあるかと危惧していたのだが、そんなこともなかった、

はっきりと思い出せる場所ばかり、
まだボケてはいないようだ、、、

1.葛飾区小菅3丁目
  小学校3年生からつきあった三度目の義母の実母(オレにとっては義理祖母となる)の
  家だった

2.熊本県球磨郡西村久保
  1.は中学1年の一学期まで、
  父方の祖母の家、ここで中学3年生の2学期まで過ごした、

3.葛飾区小菅3丁目
  1.に同上、都立高校入学のために戻ってきたのだ、

4.足立区一ツ家
  高校2年の時に、都営団地が抽選で当たり、一家全員で引っ越す

5.葛飾区綾瀬
  19歳の時に、受験失敗を機に自立、アルバイトをしながら翌年の学費を蓄え、
  はじめて入居した4.5畳のボロアパート、
  人生初の我が家のような気だった、
  真っ暗な何もない部屋で大の字になって寝転んだ時の、あの圧倒的な開放感、
  いまでもこの四肢が覚えている、嬉しかった、とっても、、

  ここで最初の結婚相手と同棲を始めた、
  学生生活とアルバイト、サークル活動、学生運動と必死に生きていた時代

6.足立区五反野
  北千住駅の次ぎの次の駅、五反野駅近く、ここで長女が生まれた
  大家が天理教の熱心な信者で、宗教者という割には店子の面倒をあまりみない、
  金儲け第一主義者だった、南京虫の発生を訴えても相手にもされなかった、
  宗教者の実態に触れる貴重な体験を得た
  ここで長男が生まれた

7.足立区東和
  6のアパートでは虫が湧き、子どもの体調を憂いて、引っ越し、
  ここの大家は、じいさんばあさん、知恵遅れの息子3人家族だった、
  前居住者の大量な戦争関係の本を、そっくりゆずり受けた、嬉しかったなあ

8.東京都島嶼部
  7.時代に挫折、単身、島に渡る、あとから家族を呼ぶことになる
  この時代に次女が生まれる
  そしてなぜか、この島で離婚
  保母の受験のためと言い島を出て行った妻がそのまま戻らなかった、
  狭い島なので、大きな話題となった、

  人生観の大きな変換になった様々な人物と知り合えた、
  この時代がなければ、今日まで生存できなかったと思えるほどの大転換だった、

9.渋谷区千駄ヶ谷
  ここで二度目の結婚
  女性は、島の診療所の看護婦だった

10.埼玉県坂戸市
  二度目の相手との間に生まれた長男が小児ぜんそくに罹患
  医師の勧めによって転地療養
  無抽選の公団住宅は坂戸市と千葉の木更津市にしかなく、仕方なくこちらへ
  最寄り駅から徒歩一分、301号室だった

11.板橋区赤塚4丁目
  長男の喘息が治り、その時の勤務場所に近い、こちらへと引っ越し
  なぜか、ここも301号室 301に縁があるようだ、
  次男、誕生
  ここで、二度目の妻が胃癌のため死去、享年38
  あの時ほど涙を流したことはなかった、
  

12.埼玉県和光市
  現在に至る、今年で15年目になる
  3度目の女性と知り合い、実質的な婚姻生活を営む、

8歳か9歳から60代も後半を迎えた今日にいたるまで、ざっと俯瞰してみた、
思い出すこともあれば忘れていることもあるだろう、
なぜか、住んでいた場所は克明に記憶の底からたぐりよせることができる、

二度目の妻をはじめ、亡くなった人も5指では足りない、
オレ自身も、あと数年の命だと告げられている、

挫折と失敗の連続だったような、でも精一杯生きてきたような、
なんだかよくわからない人生だったような、
まあでも、思い返せば楽しいこともたくさんあったような・・・、、、

んーーーー・・・


  

  
  

2017年7月12日水曜日

修破離 しゅはり

室町時代の能の代表者ともいえる世阿弥の言葉とされている習い事の基本姿勢を表したもの、

「yahoo知恵袋」ベストアンサーから

先人の教えを忠実に「修」め守りなぞらえ、次にその教えに工夫を加えて「破」り、最後に先人の教えから「離」れて独自の境地に至る というものらしい、


我が句会から辞退者が出た、

ぼくと同じ時期に入会した彼なので、句作経験は6年というところか、
佳句をたくさんものにしてきた彼なので、彼の脱会はいかにも惜しい、

酒を酌み交わし将棋を指し、たまにはカラオケ・・、という仲であり、
居酒屋のカウンターで同席すると、様々な世間話に花を咲かせた、

句会がキライなんですよー、
酒に酔ってきていくらか回ってくると、よくそう言っていた、

いよいよ本当にキライになってしまったらしい、
俳句ではなく句会がキライ、だというところに救われるのか、否、かえって厳しい現実を会の在り方に突きつけられているのか、

我が句会は、有季定型=季語を入れましょう、基本は575の17文字で、
を勧める会なので、少し慣れてくると、その型が息苦しくなってくる、
これを書いているぼくですら、季語なくたって詩があれば、いいじゃないかと思ったりする、

字余り、字足らず、どこが悪い、とうそぶいたりもする、

主宰という先生がいる以上、彼の会である以上、黙っているのだが、
会員の中には、主宰が元句を訂正、修正することをイヤがる人もいる、

二人だけで会ったりすると、句作の意欲がだんだんなくなってきた、と言われたりする、
面白くない、というのだ、
句を褒められても嬉しくはない、低評価でもどうでもいい、そんなことを口にする人もいる、

その人に対し、今日の標題 修破離 を教え、今は「破」の時期なんじゃない?
と、慰めた?のだが、

個人的趣味だもの、面白くなければ長くは続かないよね!?

ふりかえってみれば、今まで何人もいろいろな事情から辞めていった、
病気、収入減、俳句がむずかしい、俳句がつまらない、、

3人はすでに鬼籍に入られたし・・、

出会いがあれば別離もある、
それは承知なのだが、会の運営の仕方、主宰の進め方など、会として何か問題があり、そのことが脱会の原因だとしたら、少しカナシイかなあ、、

現主宰がご存命のうちは、ぼくは続けようと思っている、
彼、一生懸命だし、指導には熱心だし、ある意味、命がけで句作に励んでいる、
それが鬱陶しいときもあるけれど、
そんな彼に辞めます、とは言えない・・

ウエットなの?

どうでもいいことはどうでもいいけど、どうでもよくないことは、どうでもよくない、
こんなにわかりやすいことはない、