2012年7月29日日曜日

明日は現場

昼には終わるはずなので、ホテルはキャンセル、
その次の火曜日からまた泊まります、

火水木と泊まり、金曜日に帰宅、
火曜日は今回の第一回目の実験、準備はOK、
すべてのセンサーは順調に稼働しているので、明日は仮載荷・・、仮載荷も無事に終わるでしょう、

載荷(さいか)だなんて、業界用語ですよね、
ターゲットとなる試験体に、本物の生の荷重を与え、構造物の変形やら歪みやらを測定します、


その結果が、実際に用いられる現場や生産工場に反映され、想定される振動や地震に耐え得る構造物が製作されるというわけ・・、


破壊実験なので、跡形もなく破壊してしまい、子どもや孫に「おれがこれを作った」と、見せてあげられるものが今回もない、


橋やビル、トンネル、原子力発電所の建屋など、すべての構造物は模型を作って破壊強度を確認した上で製作されています、
その意味では十分に安全なはずなのだけど・・、


運用を間違えたり、あるはずがない重大な事故や手抜き工事などで、往々にして簡単に破壊しますよね、
阪神大震災での高速道路の落下事故や、今回の福島での事故などなど・・、


津波という天災によるものだとはいえ、万が一のための非常電源が水に浸かり使用不能になるなどは、事故ではなくて人災なのではないかと、ぼくは思っています、


サイアクを予想し、最高の安全を望むのが人命に係わるエンジニアの最低限のマナーなのでは・・、


原子力発電所は何基でも、金さえ出せば建設できますけど(一基2000億円という莫大な金額ですけど)、失われた人命は二度と還ってきませんから・・、


って、まともなことを書いてしまったぜっ 
明日も暑くなりそう・・・、、、





2012年7月28日土曜日

The Lady



正式な?タイトルは、「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」というもの、

今日はその映画を観に有楽町駅前ビルの8階まで出かけていった、
たぶん、後半の”ひき裂かれた愛”という、まんま、センスの無いネーミングは、監督の期待を裏切って現地日本の配給元関係者のおやじが付けた名前のはず、

リュック・ベッソン監督が、こんな陳腐な映画タイトルを付けるハズがないと、映画の内容には無関係なところにまず噛みついてと・・・、

ビルマ≪地名変更でミャンマー≫の民主化運動のシンボルとなり、軍政府によるのべ15年間にも及ぶ軟禁生活の中、ノーベル平和賞を受賞したアウンサンスーチー女史の波乱に満ちた人生を映画化したもの、

面白かったよ、
お笑いでもないのに面白いと評価するのは筋違いだ不謹慎だと咎められるかもしれないが、面白かったのだから仕方がない、
内容のある面白さを二時間あまりも堪能できた佳い土曜日だったわ、

ビルマ民主化運動を描くというよりも、彼女と彼女の夫、彼女と二人の息子たち、そうした家族の中での一主婦、母としてのアウンサンスーチー女史の日常に映像の主な視点が向けられていて、自由とか平和だとかを聲高に叫ぶかのような、安直なイデオロギー宣伝映画になっていなくて助かった、

夫と二人の息子たちをイギリスに残したまま、ビルマでの軟禁された生活をおくる女史、父親が残した広大な屋敷には軍政府の命令の下、兵隊たちが24時間駐留、
死んでビルマ民主化・解放のシンボルとなるのを恐れた軍政府は、彼女を殺さず自宅に幽閉しビルマ国民から彼女の影響力を無くす手段を選んだのだ、

主演を演じたMichelle-yeoh ミシェル・ヨーさんが、抑えた演技でアウンサンスーチ女史を好演していた、

映画は7/21(土)~8/17(金)までの上映
お時間の都合がつけば、観にいかれることをお勧めします、



なお9月1日からは、レゲエの、というよりも今や伝説のミュージシャンとなったボブ・マーリーの自伝的映画が始まる、作中、20曲以上の彼の演奏が上映されるのだとか、
これは絶対観よう、と家人と・・、




2012年7月27日金曜日

帰宅

出張より帰宅、
二泊三日、茨城県つくば市までの出張だった、

来週は月曜から金曜まで出張、
その次の週は一泊だけ、そしてお盆休みに入る、

お盆休みが終われば、本格的な実験が始まり毎週の出張が待っている、
いよいよ真夏の仕事のシーズン、、

午前中に下着までびしょ濡れになる暑い日のなか、おじさんは働くのだ、
あっ、孫ができたから、働くおじいちゃんだね、、

見かけ若いから孫がいるとは思われない、
それが損なのか得なのか、
若い女性(55歳以下くらいの?)との出会いもなく、同年代の男性から若くみられても得はしない、


どこかでときめかないと、枯れてしまうよーー
実弾二発入りの短銃持って、狩りに行くか・・、





2012年7月23日月曜日

しょうにん などのこと

たしか、日蓮のことを、お上人さまと呼んだ人々がいたはず、
時の権力者たる北条氏に対し、猛烈な抗議行動を行った日蓮は、その当時の反政府勢力の代表のような人物、その意味では革命的であったのだ、

ヴェニスの商人というシェークスピアの名作もあった、
頭脳明晰かつ勇気ある女性が主人公だった、

それでは証文に書いてある通り1ポンドの肉を切り取るがよい、
ただしここには肉1ポンドと書いてある、一滴の血とも書いてはいない、
一滴でも血を流したらお前を死刑にする、、
肉1ポンド、以下でも以上でもない、きっちりと1ポンド、ささ、早く1ポンドを切り取るがよい、

夫の危機を救った、胸のすく名台詞だった、

で、ここは、エホバの証人の話

以前、何回か、幼い子どもを連れたご婦人が我が会社を訪れたことがあったのだが、話すこともなくお引き取りを願った、
退屈そうに窮屈そうに母親に手をひかれたまま会社の玄関に立つ少女の顔を、強い日射しが撃ち、心から同情した、

今回は自宅への訪問、キリストについて、エホバの証人という団体について話したいという、

エホバの証人「(エホバのしょうにん、英語:Jehovah's Witnesses)とは、1884年にチャールズ・テイズ・ラッセルにより創始された国際的なキリスト教の団体の成員の名称で、聖書を教典とし世界政府の確立及び全世界が神権政治により統治された社会の実現を支持する組織である」らしい Wikipediaより


背の高い痩せ形の真面目そうな青年が、ドアを開けたら立っていた、
キリストについて関心がありますかというので、ありますと応えた、


敬虔なクリスチャンを知っている、
ぼくの子どもがまだ幼かった時に、彼女の物心両面での援助は本当に有難かった、
長女や次女にどのような衣服を着せたらいいのか、父親には見当も付かない、
島には服屋もない、
女性らしい細やかな心遣いで、子どもたちに似合った素敵な服や靴下を買い求め送ってくれた、代金はおろか代償を何も求めないで・・、


彼女に結婚を申し込んだのだが、私は神の御前で愛を誓いたいのです、貴方はそれができますか、と訊かれ、神の前でなく人の前で愛を誓うことがなぜ不服なのかと、青い学生のような会話を交わして、それっきりになってしまった、


千葉の海岸にある「月の沙漠」の像を見ようと、彼女の運転する軽自動車で子どもを連れて遊びに行った、彼女が誘ってくれたのだ、
フラミンゴショー、プール際でびしょ濡れになったイルカショー、昼食にみんなで摂ったカレーライス、遠い遠い昔の話・・、、


さてさて、エホバの証人のこと、
血に対して独特なこだわりがあり、自分以外の血液を体内に入れることを拒むという教義を持つことで、ぼくはこの宗教団体を知っている、
昔昔に、我が子に対する医師からの輸血の必要性を宗教上の理由から拒否し、結局、子を亡くしてしまったエホバの証人を信仰していた両親は、後悔の念に苛まされるどころか、自ら信ずる宗教に殉じた快感からか晴れ晴れとした顔をしていたと記憶している、


未来がある子どもの人生を宗教上の教義から死なせておいて、いわば生命を奪っておきながら、そのことを悔い改めようともしないエホバの証人、、
我が子ひとり救えない宗教に、キリストの愛を語る資格があるとはぼくにはとても思えない、と・・、
玄関口にたたずむ青年M氏に向かい、ぼくは思っていることを口にした、


ただ、旧約、新約を問わず、聖書を持っていないので、無料であるならできれば聖書はいただきたい、と図々しい話まで・・した、
翌日、約束とおりに聖書をいただいた・・、


彼とは、パレスチナ紛争のこと、イスラエルユダヤとパレスチナイスラムの問題、
第二次世界大戦中、ナチスドイツの教会も連合国の教会も、そこに所属する牧師たちは、どちらも同じキリスト教徒でありながら、この戦争が聖なる闘いだとして、敵を殺せと兵士を送り出したその問題、
などなどを立場の違いを超えて話してみたいと提案、彼も同意した、



ぼくは多分、無神論者だと思う、
若い頃にマルクスやエンゲルス、レーニンなど社会主義者、共産主義者の思想に触れ、彼らこそがキリストが天上に夢見た愛の国を地上に創出させた人々だと、思っていた、
今でも、、、



毎年クリスマスイブには、ケンタッキーフライドチキンとコーラを予約し、元日には初詣と称し、神社仏閣に参拝する、そんな無神論者なのだけどね、













2012年7月20日金曜日

病を受け入れる





友人の奥さんが自ら癌におかされていると知ったのは、町が実施した婦人検診の結果だった、

子宮癌だったのか卵巣癌だったのか、詳しいことは聞いていないのだが、その治療中に肝臓への転移が見つかった、

その時のメールのやり取りで、
「(癌の治療中に転移が見つかるという)先の見えないつらい癌治療を続けるのなら、もう止めてゆっくりしたい、痛い苦しいだけの治療だったら止めて死んでもいいと思う」とあり、

「何を言っている、今の医学の進歩は日進月歩どころか、分刻み秒刻みで新薬の開発、治療の改善が進んでいる、先週直らなかった病が今週には治るかもしれない、だから諦めないで治療を続けるべき、だいたい、そんな泣き言をいう女を君の亭主が選んだわけがないじゃないか」と、、

熊本の中学時代の同級生の妻となった彼女は長崎県の出身、まだ60歳にもならない、
夫とふたり、町で初めてのスナックを開店し、その店が久しぶりに帰郷した同級生たちの連絡場所、良い意味での溜まり場になっていた、

4年に一回開かれるクラス会、その一次会の会場はどこであれ二次会は彼女の店、スナックへ全員で出向くのがいつものこと、
10人ほどが座れるカウンターの奥には小さな座敷があり、カラオケ、米焼酎ビールウイスキー、ちょっとしたつまみがあるだけの、どこにでもあるような小さなスナック、

とこにでもあるスナックの、でも、どこにもないそこにしかない理由は、友人の人懐っこい笑顔と、彼女が居るというただ一つの理由から、、

その友人も数年前に旅立ち、今は一人で彼女が店を切り盛りしていたのにさ、、


どぎゃん?(どう具合は?)と、メールを打ったら「はい、まだ生きています(笑)」 と返事が届いた、
このやり取りが、彼女らしさの真骨頂、、

今は、町からバスで20分の所にある市立総合病院に入院中、
「緩和ルームで過ごしています、エアコン付き、テレビ見放題、一泊2000円、快適に過ごしていますよ」


「緩和ルーム」かよっっっ、、、緩和ルームって、治療を断念した結果の先にある場所じゃないの、


なんだかなあ・・、


今年の8月にまたクラス会がある、
幹事のひとりは、彼女の店がなくなるのなら今年で最後のクラス会になるのかも、と、、
中学を卒業して30年、45歳の時から始まったクラス会、
そのクラス会が、今でもこうして継続しているのは、ひとえに亡くなった友人と、彼の妻である彼女のおかげ、だったのかもしれないな、

来月、熊本へ行く、彼女に会えればなあ・・、


って、まだ死んでいないわよ(笑)、彼女のそんな声が聞こえてきたような気がした、、、





2012年7月16日月曜日

猫の家計




お金の話を口にすると、なぜか人品がイヤラシくなるというのは、見栄の世界を大事にする江戸文化のなごりなのだろうけれど、大学にも経済学部経済学科という専門の学科が設置されているように、学問としても、もちろん一般的な生活の問題としても、お金は大切な問題であることには間違いない、

江戸文化と書いたのだが、大阪をはじめ関西の文化圏では、お金のことを話題にすることにあまり躊躇はしないようなのだが、どうだろう、、

例えば、日常よく起きる冠婚葬祭で祝儀、不祝儀に幾ら包むのか、これなども悩ましい問題ではある、

悩ましい問題を、自分一人の判断で乗り切っていくのか、まわり近所の知人と相談できるのかで、人との関わり合い方の濃度が変わってくる、
相談できる関係はできない関係よりも密であるだろうし、密である関係を地域の文化が支えているのだとも思える、

ネットなどで、「祝儀の額」とかの言葉で検索すれば、すぐにヒットするだろうと思われるのだが、ネットが無かった時代には、

アパートの大家さんの92歳の母親が亡くなった場合など、
「なあ、あんたんとこなあ、幾ら包む、うちとこはあんまり付き合いも深う無かったし、片手でどうやろうなあ」
「あんたんとこが片手なら、うちとこだって片手にさせてもらいまひょ、見栄張ることもないやろうしなあ」

そんな率直な会話が、関西でなら交わされていそうな気がする、


ぼくが子どもの時には、東京の下町葛飾区などでは、祭礼の際に、回覧板が回ってきて寄付を求められていた、
金額は幾らと決められていたわけでなく、あくまでも”お気持ち”次第ということなので、そのお気持ちが悩ましい、、

10円でいいのか、100円なのか、まさか1000円ということはないだろう、
毎日の買い物をする中、1円2円の額を判断材料に、その店で買うか買わないかを決めていた義母にとって、お気持ちというのならば、5円くらいが相場というものだったはず、

自分が5円しか出さなくて、もしご近所が100円も出していたら、それは義母の恥になる、
そんな懼れが彼女の頭を横切っていたはず、
だとしたら、隣近所は文字通り近い目の前なのだから、さっさと訊きに行けばいいようなものなのに、たぶん行かなかったと思う、

お気持ちでという上辺の建前と、お気持ちといっても相場はある、相場くらいはいい歳をした大人だものわかっているよね、という本音に挟まれて、しかも、お金のことを口にするのは、はしたないという地域文化にも苦しめられて・・、

前段の話が長くなった、、まだ前段かよっ 

で、我が家の二匹の猫の食事代トイレ代にかかる金額はおおよそ2万円、月に2万円である、
月に2万円はそれほどでもないといえるのだが(いえるのか)、年に24万円になる、、

24万円・・、


これは大きい、家族でちょっとした海外旅行ができる金額になる、
10kg5000円のコシヒカリが480kgも買える金額になる、

これ以外に、3種混合ワクチン接種代金やら、便に虫がいるようだ、血便がでたようだと、何かとかかる医者代は別途、病気にでもなって手術ということになれば10万20万というお金が飛んで行く、

猫を飼うのも必死なのだ、
その必死さに耐えられなくなりそうな年金生活が始まったら、もう猫は飼えないね、今飼っている猫で最後にしましょうね、とは家人の弁、、

そんな家人でも、アメショーやロシアンブルーの子猫が道に落ちていたら、またすぐに拾って飼うことになるのは決まっているのだけどね・・、



2012年7月15日日曜日

夏来る




雨ばかり降っていた天候が一転して晴天の猛暑に、、

猛暑というのは、エアコンが壊れたために、涼しさを扇風機と窓を開け放して自然の風に頼っている我が家だけの気候なのかもしれないが、

この暑さで、飼い猫の二匹も日陰で寝てばかり、
サマーカットをしたがっちゃんも、例によって”ねじりん棒”スタイルで寝ている、

今日は日曜日、涼しければどこかへお出かけするのも楽しいのだが、この暑さではね、
上半身裸になり、濡らしたタオルを身体に掛けて、これを書いている、

書いているそばから汗が、、