2014年4月13日日曜日

友だちのこと

自分も歳を経ってきたので、友人たちも歳をとってきた、

もう三十年もつきあっている飲み仲間のひとりが、数ヶ月前から、脇腹が痛い脇腹が痛いと訴えていた、、
若い時には、一晩にバーボンのボトルを二本もあけるほどの酒豪だった彼、
会社を興し、それがうまく軌道に乗り、景気の良かった頃には一軒のスナックの支払いだけで月に70万円ほどだったとか、
銀座ではなく、ここ成増での毎月70万円を超える散財、どのくらい酒を浴びたのか想像ができるだろうか、、

あまりにも痛みが激しく、またある日、真っ黒な便が出たのがきっかけとなって、病院嫌いで通っている彼も国立埼玉病院へ診察を受けに行ったのだとか、
胃潰瘍か十二指腸潰瘍の疑いがあると、診察時に言われたのだが、その後の精密検査の結果、胃癌であることが判明した、、
かなり進行していて食道の方にまでその腫瘍範囲が拡がり、おそらく他の臓器にも転移があるでしょうとの診断、
入院し手術をすることになった、
その入院日が決まるのが明日、4月14日、

飲み仲間であり将棋仲間であり俳句仲間でもある彼、
温厚な人柄から誰からも好かれる彼、
どんなに酒を飲んでも声を荒げることなど一切なく、怒った顔を見せたことがない彼、

食道ばかりでなく一部リンパ節にも転移が認められると診断を受け、気落ちしているだろうと思って、お茶でもしようかと会ったのが、金曜日の昼、

「好きなことをしてきた結果なので、覚悟はできている、
死ぬことがこわくないといえば、それはわからないけど、これだけ酒を飲んできたのだから、まあ仕方が無いかな」

60歳にはまだ数年ある若い彼、
彼の母親はまだ健在で、彼のことが気ががり気がかりで、来なくていいからと言うのに診察のとき病院まできたらしい、

母親には二度ばかり会ったことがある、
穏やかで上品な老婦人だった、
この母親だからこそ、あの彼が育ったのだなあ、そのことが十分納得できた、、

年老いた母親よりも先にいくなよ、それが一番の親不孝だぞ、
そんなとりとめの無い繰り言に、ただ笑顔の彼だった、、、


2014年4月6日日曜日

今年初めての桜の花見、
東京は大都会という顔をもちながら、桜の花見で有名な場所があちこちにある、
浅草の大川(隅田川)端もそうだし、新宿御苑、皇居内北の丸公園、吉祥寺の井の頭公園もいいな、

毎年、この時期になると桜をみようと、どこかへ出かけていくのだが、今年は近場ですませ練馬区にある光が丘公園まで、

花を愛でることもそうなのだが、デジカメ撮影に気持ちがはいっているので、久しぶりに一眼カメラを取り出し、バッテリーのチェックをすませたり、動作の確認をしたりして心うきうき、、

もう一方の趣味に海釣りもあるのだが、釣ることよりも前の準備、仕掛けを作ったり道糸を巻き直したり、天候や潮の時間を調べたりだとか、そちらの時間の方も愉しいこと愉しいこと、、

行為そのものもだが前戯も、、いや、なんでもない、、

今年初めて訪れた光が丘公園は、例年とは違ってたくさんの屋台が出ていた、
この公園は都立なので、東京都が出店を認可したのだろう、
各地や各国のさまざまな食に出会え、腹を満たす分には便利だし楽しいのだが、人出の多さに辟易する、、
目には見えない埃も大量に舞っていることだろうし、心ない人々があちこちで落としていく割り箸や包装紙がゴミとなって、花見の興を削ぐことはなはだしい、

出店のことを知らなかったので、昼にネパールカレーの大きなナンを食べてしまった腹には、もう何も入らない、
だから余計に人の多さが邪魔だと感じたのだろう、、








2014年4月1日火曜日

散骨の白く輝き木の芽雨

板橋区春季句会、席題が「木の芽(このめ)」 

散骨の白く輝き木の芽雨

自信があった句に一点も入らず、その場で作った句に、俳句連盟会長から地賞をいただいた、
わからないものだ・・・、

他の句にも何点か入り、全体で17位だった、参加賞と500円の商品券をもらった、
今は俳句即(つ)いている、


アル中の友人が、やっと病院に行く気になり、診察の結果、即入院を、だったらしい、
それを断って通院でなんとかと頼んだのだが、医者が「通院では治療に限りがある」と、、

4月の10日に、入院の日程が決まる、
飲まないと手が震え文字も書けない友人だった、
句会では書くことが多いので、句会の前には酒が置いてあるコンビニ店に立ち寄り、数本の酒を呷ることで、手の震えを抑えてきた彼、

結局のところ、酒を飲まない、酒を断つことになるのだろう、

一晩にバーボン二本空けてもなんともなかった彼、そんな生活を何十年も続けてきたのだから、身体のあちこちにガタが来ているのだろう、
温厚で人なつこい彼には慕って寄ってくる友人、後輩も多い、
早く治して、還ってきてほしい、、

ZiZi も、なんとかなるからさ、、

2014年3月29日土曜日

今日も句会

今日は板橋区俳句連盟主催による春季俳句大会の日、
例年、70人くらいの参加者がある、

俳句の世界でも高齢化が進み、椅子に座っていると気が付かないのだが、会が終わり、外に出てみると、足をひきずっていたり杖にすがって歩行している参加者の数が多い、

あと20年もすれば、現句会の全参加者が他界してしまうかのようだ、
他人事ではなく心配である・・、

春の陽のプリズム幸せ色放ち

逝く春や父の動かぬ腕時計

以上、二句をもって参加、
会場にて席題が発表されるのだとか、計三句選によって、上位10名くらいが表彰される、、

梅祭の句会で高評価を得たので、少し鼻が高くなってしまった、
ピノキオみたいに嘘をついたわけではないので、低評価をくらえば、すぐにシュンとなりと元の鼻の高さにもどるはず、
伸び縮み自由の便利な鼻なのだ、、

このまえいただいた商品券3千円分で、パスタを食べた、
二人で、2200円を払った、

パスタにドリンクセット(サラダ付き)を頼んでこの値段、まあ相当なのだろうと納得していたら、
この前、バスで吉祥寺に出向いたときに見つけたピザ専門店「ナポリ」では、ピザ単品で500円、
サラダ、スープ、ドリンクが付いても800円だった、

二人で1600円、吉祥寺という場所柄、競争が激しく、価格にもその影響が現れているのだろうが、それにしても、いつもいく成増の店は高い!!

なんとかならないか・・、



2014年3月22日土曜日

梅祭

第30回板橋区梅祭が、3月15日に催された、

梅に関した俳句も募集されると聞き、家人と二人、他の俳句仲間も誘って参加してきた、
例年と同じように、3パック500円の紫蘇の実の塩漬けを買ったり、昼食の代わりにおでんを食べたりした、

俳句には、旧友に無沙汰を詫びて梅祭という句他、計3句で参加、
表記の句が、天地人3賞のうち、地賞に選句された、
副賞は板橋区内で使える商品券3千円分だった、
選ばれたことを素直に喜んだ、

写真は、梅祭会場から少し離れた高台にある赤塚城址で行われた演舞のもの、
逮捕術というのだろうか、それは大人のチャンバラに見えなくもなかった、、

鷹匠による鷹を使った狩りの様子も行われた、
鷹も数羽(数頭?)参加し、その中の一羽をアップ、
眼の鋭さはさすが、狩猟をする肉食の鳥らしく凄みがある、

梅祭に来ていた若い女性のカップルも撮影、最近の若い女子は総じて体格が良くなったようだ、
結婚し丈夫な赤ちゃんを産んでほしい、そんなお節介が心に浮かんだ、








2014年3月19日水曜日

Japanese Only

今月8日にサッカーのJ1リーグ、浦和レッズ―サガン鳥栖戦が行われた埼玉スタジアム(さいたま市)で人種差別とも受け取れる垂れ幕が掲げられた問題で、Jリーグから無観客試合開催などの処分を受けた浦和は13日、浦和サポーターが横断幕や旗などを掲げることを全試合で当面禁止すると発表した。 

さらに垂れ幕を作成した3人が所属する応援グループの約20人を、浦和の全試合で無期限の入場禁止とし、淵田敬三社長は、役員報酬の20%を3か月間自主返納する。 

垂れ幕は「JAPANESE ONLY」(日本人のみ入場可)と書かれ、熱心な浦和サポーターが陣取るゴール裏観客席の入場口に、グラウンドとは反対向きに掲げられた。作成した3人は浦和の調査に対し、「ゴール裏は自分たちのエリア。他の人たち、特に外国人が入って来るのは困る」などと説明したという。 
                                                 net情報 より


「一糸乱れぬ応援をしたいのに、外国人達はそれに呼応できない。応援が乱れる・・・」
この勘違いサポーターの一人の、こういう意見もどこかで見た、

ここで応援歌を歌う、ここで応援旗を揚げる、特定の選手への応援コールをここで行う、

などなど、誰かによって定められた形式的な応援を、それができないからといって、ある人々を排除するというのなら、外国人ばかりでなく、日本語をうまく話せない日本人、日本語をうまく聞きとれない日本人、手を揚げられない日本人、口に出すことが困難な日本人、歩行困難な日本人をも排除することにならないか、

Japanese Only は人種差別ではない、人間差別なのだ、
人間排除ともいえるこの言葉の冷酷な本質に、アホサポーターたちは気が付かなかったようだ、


Jリーグの発足当時の日本サッカーの実力は、世界的レベルには程遠かった、
南米やヨーロッパの強豪チームとは、体力、個人技、戦術眼、戦略、支えるサポーターの層の厚さ、何よりもサッカーの歴史、そのすべてにおいて劣っていた、

Jリーグの発足当時、どのチームも、力のある外国人選手獲得を目指したし、その状況は今でも変わっていない、
鹿島アントラーズにはブラジルの至宝といわれたジーコ選手が、選手としてコーチとして監督として参加してくれた、
彼の直接ゴールを狙う華麗なフリーキックによる得点を、まぐれじゃないの?と、その国際レベルの技術の高さがわからずにほざいていた観客や選手もいた、
何度もゴール決めるのを目撃し、やっと、まぐれではなく、驚異的な身体能力とそれを支えるものすごい練習量の賜だと気が付いたのは、Jリーグ発足の数年後、、
そんなお気楽な日本サッカーだったと記憶している、

Japanese only というのなら、これまでにどれだけ外国人選手たちが、日本サッカーに多大な貢献をしてくれたのか、何人かを列挙してみよう、、
以下、(貫井康徳@dcp)より、抜粋


●ドラガン・ストイコビッチ
名古屋グランパスエイトで過ごし、その後同クラブで監督としても活躍したストイコビッチ。「ピクシー」の愛称でもおなじみですね。グランパスに来る前は、フランスの名門・マルセイユ所属時にUEFAチャンピオンズカップで優勝するなど、輝かしい実績を挙げています。

●ピエール・リトバルスキー
華麗なドリブルテクニックと高いシュートテクニックを武器に、ドイツの名門・FCケルンや西ドイツ代表で活躍したサッカー選手。Jリーグ開幕の1993年にジェフユナイテッド市原(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)に移籍し活躍しました。

●ドゥンガ
ブラジル代表として3度のワールドカップに出場した大物選手。1994年大会では見事優勝し、ベストイレブンにも選ばれています。1995年にジュビロ磐田に入団し、強烈なキャプテンシーを発揮しクラブをけん引しました。

●ラモン・ディアス
アルゼンチン代表としてワールドカップのスペイン大会に出場、またクラブレベルではナポリやインテルといったセリエAの名門で活躍した名ストライカー。Jリーグの創成期に横浜マリノス(現:横浜F・マリノス)に移籍し、初代得点王になるなど日本でも活躍しました。

●ミカエル・ラウドルップ
セリエAのユベントスやリーガ・エスパニョーラのバルセロナ、レアル・マドリードといった世界トップの名門チームで活躍した元デンマーク代表のサッカー選手。キャリア晩年の1996年に当時2部に所属していたヴィッセル神戸に移籍し、1部昇格に貢献しました。

●カレカ
イタリアの名門ナポリで、あのディエゴ・マラドーナとのコンビで得点を量産した、元ブラジル代表のストライカー。ワールドカップでも活躍しました。1993年にナポリから2部所属だった柏レイソルに移籍し、1部昇格に貢献。

●ベベット
高いスピードや抜群の得点力を武器に、ブラジルの国内リーグやスペインのリーガ・エスパニョーラで活躍した元ブラジル代表選手。1994年のワールドカップアメリカ大会では7試合に出場し、優勝に貢献しました。2000年に、ブラジル代表経験者を多く迎え入れてきた鹿島アントラーズに移籍。

●レオナルド
ジーコをはじめとする、ブラジルの名選手が多く在籍した鹿島アントラーズですが、サポーターに非常に愛された存在としてレオナルドは外せません。1994年にアントラーズに移籍する前は、ブラジルの名門サンパウロやスペインのバレンシアに所属、またワールドカップでも活躍していました。

●ゲーリー・リネカー
1986年のワールドカップメキシコ大会で得点王のタイトルを獲得した、代表通算48ゴール(イングランド歴代2位)の記録を持つ元イングランド代表のストライカーです。名門バルセロナや、イングランドのトッテナムで活躍した後、1993年に名古屋グランパスエイトに移籍。


まだまだ大勢の有力選手たちがJリーグに在籍していた、
ここで揚げた選手はほんの一部の選手たちなのだ、


JAPANESE ONLY ??    笑わせるな!!!