2013年6月4日火曜日

ABCDEFGHI




と書きながら、このアルファベットの数はAからIまでいくつあるだろうと数えていた、
見ればわかるとおり9つ、だった、

つまりあのときのクラスの数は9クラスだったのだなあ・・、1学級おおよそ50人、1学年に450人いたんだなあ、、ふーん・・・、

ぼくの子どもの頃には、小学校時代はクラスを1組2組とかで呼び分けていた、
東京と熊本と何回か転校を重ねたことがあったのだが、どちらの地域も小学校は数字で分けていた、
ちなみに、いつの時にも小学校時代はなぜか1組ばかりで、他のクラスに入ったことは記憶にない、

小学校は数字で分けていたクラスが、中学校に入学するとA組とかC組とかの名前を付けられるような時代だった、
アメリカの音楽やTVドラマが盛んに放映されていた時代、授業内容から教育制度までアメリカに影響されていたので、そんなことになったのかもしれない、

高校も(ぼくが入学した都立高校は)、A組からF組までアルファベットに分けられ、担任の教師は一年生の時に教わった先生がそのまま持ち上がり、決してクラスが変わることはなかった、
一年生時のクラスメイトが卒業するまでそのままクラスメイト、というわけだ、
良い担任教師、好いクラスメイトに恵まれ出会えるならば最高の形態なのだが、実際はいろいろあって・・、

1年A組、2年A組、3年A組を併せてA属と称し、体育祭文化祭などの学校行事は、属ごとの対抗戦形式をとっていた、
新入生の1年A組の生徒を、先年度に入学した2年A組のオネエサンやオニイサンが指導、教授するという制度で、(毎年同じ数の生徒が入学してくるならば)なかなか面白い制度だったと思う、

後年お世話になった取引先にも、新入社員を世話するブラザー、シスター制度があり、早い子で3ヶ月、遅い子でも3年で辞めていくという”今の新入社員”引き留め策に効果を発揮しているときいたことがある、、これは余計なことだけど・・、

で、クラスの分け方の話、

ぼくは東京の葛飾区の中学を卒業することになったのだが、そこでは、一年生をF組、二年生をB組、三年生をI組で過ごし卒業すると、それぞれの頭文字を取って、FBIだと喜んでいた・・、
CIAでなくてよかったねと、そんなツッコミは置いておいて、なぜFBIになると嬉しいのか、今はもちろん当時でも明確な理由がわからない、
やはりこれもアメリカナイズされたテレビの影響だったのだろう、
下らないし、しょうもない話なのだが、そんなことに胸をときめかすこともあるのが中学時代という時代だったのだろう、


歌は最近のSCANDAL 
ガールズバンドの王道をますます歩まれているようで慶賀慶賀(こういう使い方ある?)

音楽に関係のないオワライ系MCが進行をつとめるテレビ番組にも時折顔を出すようになり、ファッションとかメイク、髪型にも素人っぽさがだんだんなくなり少し寂しい気もするのだが、武道館ライブでデビューからの最短記録を作ったのだとか(なにそれ(笑)?)、
目立ったガールズバンドがない今、彼女たちにはがんばって欲しい、

ドラム担当のリナさんが、某テレビ番組でのリズムを競うゲームで高得点を出し優勝していた(ほらよくゲーセンにあるでしょ、太鼓を叩くあれさ)、
ドラマーだから(出演でなく叩く方ね)当然といえば当然だけれど、超絶技巧なのだとか、そうでなければ98万点も出ないのだとか、
ゲームそのものに興味がないのでわからないのだが、見ている分には面白かったわ、、









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