2018年11月6日火曜日

大根ご飯

今年も大根ご飯、正確には、大根の葉っぱご飯の時期がやってきた、

大根も好きなのだが、大根の葉っぱを塩漬けし、それを細かく切り、おかかと軽く醤油を振って温かいご飯に混ぜたものが大好物、

それを知った句友が、家庭菜園をしているとかで、毎年この時期になると葉付き大根を届けてくれる、
今年も連絡をもらい階下まで降りていくと、そこに大根が置いてあった、
さっそく、下ごしらえ、
新鮮で青々とし、歯ごたえもしっかり、ばりばりと、、
実は少し固かったのだが、苦笑


いつも一杯で片付けるご飯も、これがあれば二杯はいける、
それほどの好物なのだ、
なぜ、スーパーで売られている大根は、葉っぱの部分を短く切って売っているのだろう、
本体よりも栄養は葉っぱの方が多いと聞いているし、切って並べる手間がはぶけるし、
葉を付けたままで売ったほうが、楽だし買う方からしても助かると思うのだが、どうだろう、

葉を付けたままだと、そこからどんどん水分が失われ、大根の本体がみずみずしくなくなるとか、そんな理由があるのだろうと推測はできるのだが、
ぼくのように大根の葉の愛好家は全国に多いはず、なんとかスーパーでの現状を改善して欲しいものだ、



写真撮影の腕が悪くて、あんまり美味しそうでない?
ごめんね、、


2018年10月28日日曜日

秋季俳句大会

昨日、秋季俳句大会があり、無事に終了

裏方として参加し、パソコン入力やらその後の手直しなどで苦労したので
終わってほっとしている、
大きな大会としては次回の春季大会、来年に開催、まで何もない、

俳句の文言の校正、固有名詞の見直しなど、いやいや日本語は難しいと
改めて感じた次第、
日本でうまれ育ったぼくでさえこうだもの、外国の人は慣れるのに大変だろう、

斉藤じゃなく、齋藤だったり、
古屋でなく古矢であったり、まあ、いろいろあるわけだ
わたなべ姓だけでいくつの、わたなべがあるだろう、、

一人の選者から、最高点いわゆる天賞をいただき、副賞として色紙をいただいた、

沖縄を生きてひめゆり黙の壕

この句が天賞句となった、
すなおにうれしい

今年の四月に沖縄に住む孫の入学式に参加したとき、空いた時間で
南部の史跡巡りをした
そのときにできた句なのだ、

現地でできた句だけにうれしい
って、いつか同じようなことを書いたっけ?

2018年10月12日金曜日

体調は・・・

相変わらず、あまりよくはない、

口のまわりにできた潰瘍は悪化し、化膿し出血し、切れ痔も治っていない、
もう二ヶ月以上この状態が続いている、
自然治癒を待つしかないのですよねえ、と医者は、、

抗ガン剤の使用によってガンが小さくなりあるいは消滅し、そして再発してきた
この十年、
おかげで生きてこられたといえばたしかにその通りなのだが、その代償として
失ったものも大きい、
もしかしたら生命以上にかけがえのないものを失ってしまったのかもしれない、
と、しみじみ思う秋この頃、、

体の深い部分を損傷し二度と回復しないまま、一生、死ぬまでこの状態とおつきあいを
続けていくことになる、

んーーー、、、、


沖縄を生きてひめゆり黙(もだ)の壕

この句が直近の俳句大会にて、ある先生から天賞に選んでいただいた、
沖縄に、ではなく、沖縄を、と云えたところが作者の志向

沖縄という場所だけでなく、沖縄の歴史と今を、戦争による日本唯一の市街戦の場所、
戦争被害者である沖縄だけでなく、南方独特の明るい色彩や自然、困難を乗り切っていくたくましさ、それらすべてを継承し、後継していく、
そんな意味合いが、沖縄を、の、をに、こめられているのだ、

今度の日曜日は句会、
久しぶりに参加しようかと決めている、といっても体調との相談であるのだが、、

翅の幅開けて秋蝶放ちけり

地図なくて生きる此岸や雁渡る

以上、二句が投句しようと考えている句、
なんだか、少しずつ、俳人への道を歩み出しているような、そんな気がしているのだ、




2018年9月23日日曜日

お薦めの本

相変わらず、本を買ったり読んだりしている、
蔵書などとは口に出して言えない、種々雑多な、折々の関心事にヒマをまかせて集めた本のいろいろ、かなり処分し、整理し、小体にまとめたつもりのそれらなのだが、最近またかなり集まってきた、

性分なので仕方がない、
一生この性行とつきあっていくしかないのだろう、と半ば諦めている、

「好きになった人」 ちくま文庫 筑摩書房 梯(かけはし)久美子著

お薦めです

書名の軽さから、書かれた内容の誠実さを少なからず減じている気がしているのだが、
著者はもちろん出版業に長年携わっているであろうプロたちが決めた書名、
たくさん売れることを、読まれることを祈念して付けた名のはず、
それにしても、「好きになった人」 んーーーー、、

エッセイ集である、
「猫を抱いた父」の文庫版です だそうだ、

その中のお薦めのエッセイを紹介したいと思う、
文書力に自信がないので、そのほとんどを作者の文章にゆだねます、

”美人はトク?” ―かづきれいこさんのメイク

「かづきれいこさんというメイクの先生がいる。あざや傷、やけどの痕などをカバーする『リハビリメイク』を提唱し、医療の世界にメイクを持ち込んだ人である」

「研究を重ね、……(中略)、あざや傷をカバーするだけでなく、顔全体を若々しく元気に見せるメイクを開発し、トラブルのあるなしにかかわらず、多くの女性たちに喜ばれている」

「そのかづきさんからこんな話を聞いた。彼女がメイクを教えている女性が、あるときこう言ったそうだ」

「先生、私がおばあちゃんになったときの顔って、どんなかな、見てみたかったな」

「難病で、長くは生きられないとわかっている若い女性だった。彼女は歳をとった自分の顔を見ることができないと知っているのだ」

「かづきさんが私に言った。
『女性なら誰だって、老けるのはいやだよね。でも考えてみたら、しわだらけ、しみだらけになるまで生きられるのって、幸せなことなのよね』
ほんとうにその通りだと思った。しわもたるみも、運よく(まさに運だ)この年齢まで生きてこられた証拠なのだ」

「がんで亡くなった二十代の女性のドキュメンタリーをやっていた。
 …(中略)、彼女の顔がアップになったとき、その肌の若々しさに胸を衝かれた。苦しい病気と闘っているさなかでも、二十代の肌はやっぱりきれいだった。この人は、こんなにきれいな肌のままで死んでいったのか―そう思ったら涙がでた」

「女の人は、きれいなままで死んではいけない。使い古した、しわしわのざらざらの肌になってから死ぬのがほんとうなのだ」

このエッセイにめぐりあっただけでも、この本を買った意味があります、
あざとくいえば、この文章だけで、元を取った気になります、

ただ一言だけ、
最後の文章の、「女の人は」を、「女の人も男の人も」と直していただけたら、さらなる読者拡大につながったのではないか、
最近の自分の様子を鏡で見るにつけ、そう確信している自分がそこにいます、、、







2018年9月13日木曜日

体調あんまり良くはない

しばらくぶりの書き込み、
なにかあったのかと心配していた人もいたということがわかった、
申し訳ない、

ここに何かを書くという行為に、意味があるのかとか、オレが書くことそれがなんだ、とか
いろいろ考えはじめて、つい億劫になっていた、
どうせ書くなら、楽しいこと、読んだあとホッとしたり、にこっと笑ったり、
気分が少しは楽になったり、読んでいる僅かな時間が少しでもその人にとってプラスの時間になっていたら嬉しいよね、

そんな気持ちで書いていた心境が主、だったのだが、、

今年5月から始まった抗ガン剤治療、生涯で3度目の重大な治療になるのだが、予定では
6月7月8月と、血液検査の結果をみながら、都合4回実施のはずだった、
ところが、
7月の抗ガン剤投与終了後、体調が急変し、
剥離性食道炎、口内炎、全身に拡がった赤黒い湿疹、水も飲めないことからくる便秘、切れ痔、脱毛、などなどなど、
今まで味わったことのない抗ガン剤治療による副作用の数々、いやあ、まいったまいった、
血液検査の結果も、白血球、血小板の数値が異常に低く、毎晩おそう40℃近い高熱、
ついには入院さあ

って、

ねっ、こんなことを書いても、読んでもらっても当然楽しくないでしょ?!笑

なんとか退院し今は自宅療養の毎日、たまたま今日は通院の日、
体調は芳しくなく、口の中の白い苔状のものはそのまま、切れ痔も治っていないのだが、
ゆっくり気長に治しましょう、と医師が、、

ゆっくりと気長に治せる時間が、いまのオレにあるのかと、
ついこのまえ、68回目の誕生日を迎えたばかりの自問自答、、

友人からおくっていただいた免疫力を向上させる酵母錠をカリカリと囓りながら、
久しぶりに、書いてみたのだ、、


病室の四角き夕陽秋あかね





2018年3月27日火曜日

がっちゃん、旅立つ

今日、3月27日夕方5時6分、
愛猫がっちゃん、ヒマラヤン牡が旅立ちました、
去年の11月に、同じくjo太郎を喪ったので、まさかこんなに早く
がっちゃんまで、旅立つとは思ってもいなくて、心の準備もおぼつかないまま、
この三日間看取る目の前で、静かに息を引き取っていきました、

死因は腎臓病ということでした、
先週、治療のための点滴を一週間おこなってもらったのですが、
他の臓器と違い、悪くなった腎臓は元に戻らないのだとか、

最後は延命措置を断り、自宅に連れ帰っての三日間、

腰に力が入らないのか、後ろ足がよろけて、それでもトイレと水飲みには
歩いて行った三日前、
今日になってから、動くことはおろか起き上がることも水を飲むことも
できなくなり、ただただ眠るだけ

時折、呼吸が荒くなり、少し口を開け、声にならない声を口から吐き出す、
そんながっちゃんを見守るのが本当に辛くて辛くて、
男はこういう時、弱いよなあとまたもや痛感した、

今は、寂しいということを通り越して、どこか心の一部が失われてしまったかのよう、

これを書いているそのそばに、がっちゃんが眠っている
静かに静かに、
もう起きないんだなあ・・

明日、火葬にし、4月の中旬、桜の花が満開の頃、連れ合いの妹が住む
山形県まで埋葬に行くつもり、

妹の家の庭には大きな桜の樹があり、その下に、ずっと前に亡くなった
jojoくん、jo太郎、がっちゃん、3人を一緒に葬ろうと思っています、

三人仲良く、遊んだり、ケンカしたりしながら、楽しく元気に過ごしていくと
思う、

楽しい毎日をありがとう
本当に毎日が楽しかったよーー
本当に本当にありがとう、

みんなで仲良く過ごしてね、