2017年4月13日木曜日

かたくりの花

東京の桜が咲く時期と、かたくりの花が咲く時期とほぼ同じだそうだ、

練馬区清水谷公園は、都内23区唯一の「かたくりの花自生区(とパンフレットに)」らしい、
で、行ってみた、

成増駅前から石神井公園行きのバスに乗りおおよそ15分、
平日にもかかわらず、そこには大勢の老老男女の姿が、

まったく、どこに行っても、山に行っても温泉に行っても海に行っても、おそらく
地獄に行っても年寄りばかりじゃないのかと、推察されるのだが、こちらだって、老ということでは負けていない、
あまり非難めいたことは言えないのだ、、、

現地は思ってた以上の群生地で、説明にはおおよそ20万本のかたくり、と書いてあったのだが、一見そんなにはなかったような・・・、
2983本までは数えましたが(ウソ)、

まあとにかく、咲いていました、
花はなぜか下を向いている花ばかり、そういう種なのだろう、

かたくりの花は羞じらふ初夜のごと

もっとも最近は初夜から堂々としているのかなあ、
よくわからない、





写真は数ある花の中から、やっと見つけた横向きの花、
淡い紫が綺麗だよね、




2017年3月22日水曜日

野あそび

この時期の楽しみとえいば、春の野にあふれでた旬の野草を摘むこと、
芥子菜、菜の花、ノビル、野生化した大根の花、などなど、
もう少したてば、田セリも伸びてくるし、5月には真竹も、、

芥子菜を摘みに行ってきた、
先客が居たらしく摘み取られた跡もあったのだが、さらに奥へ足を伸ばすと茎の太い
芥子菜がたくさん、

おおよそ2kgとり、家に帰り茹で水にさらしたあと塩でもむ、
この塩もみの仕事をしないと芥子菜の辛さが出てこないのだ、
茹でているときもそうなのだが、塩で揉むときはさらに立ちのぼる辛味で涙が出てくる、
野草の力強さを感じる、
冷蔵庫に重しをして保存し、一昼夜、
3cmほどに切りそろえ食卓へと、、

うまい!そして辛い!口が曲がる(笑)

写真は野で見つけた犬ふぐり、大犬ふぐり?

この小さな可憐な花がなんで”犬ふぐり”なんて名前を付けられたのか、フシギ、
調べればわかるはずなのだが、あえて調べないことにする、
意味を知ったところで、ふーん、で終わりそうだから、

ただ愛でるだけでよいのだ、



2017年2月25日土曜日

いまどきの図書館の風景

図書館の利用が最近とくに多い、

就寝前の布団の中での読書(といえるのかどうか)なくしては安眠できない習慣が
ずっと続いているので、本なしでは生活が成り立たない、
その生活の反映として当然、本を買うこともしばしば、

新刊も買えば古本屋まで足を伸ばし、いろいろ買っている、
もちろん、板橋区立図書館の利用も多々あるのだが、

その図書館で、最近、図書利用カードなるものを発行した、

A5版様の冊子に、
読了した日付 読了した本の名 一言感想文(20字程度)を書く欄があり、
冊子全部埋まると、粗品進呈とある、

借りるときは一時に5,6冊借りるので、粗品欲しさに、カードを入手し
借りた本、読んだ本を書き入れてみようと心がけているのだが、これが続かない、、

一回書いてみたものの、二回はない、
二回はないものの、図書館に行けばフロントにその冊子はあるのでまたもらってくる、
で、また一回記入して、そのままほったらかし、

粗品に興味があるので、なんとか全欄に記入を終え、それを手に入れたいのだが、
いまだにままならない、

ままならない理由のひとつに手書きによる入力というのがあるらしいと気が付いたのが
最近のこと、
こうやってキーボードから打ち込むのは慣れているし、その分早いのだが
手書きとなるとそうはいかの〇〇玉で、、

粗品には当分手が届きそうもない、

昭和芸能秘録 道江達夫著 中公文庫
コレデオシマイ 山田風太郎著 角川春樹事務所
日本の名随筆4酒場 常盤新平編 作品社
日本の名随筆33厨房 玉村豊男編 作品社
雑学読本 竹内均著 三笠書房

これらを借りて読んでいるのだが、こうして打ち込むのは気にならないのに
手書きとなるとなぜか億劫で、、

筆記具の数だけは、ひとの数十倍も持っているというのに、使わなければ意味ないだろうと
ひとりでツッコむ、最近なのだ、、、



2017年1月29日日曜日

今どきのラーメン風景

ラーメンが届く、
テーブルに置いてあったスマホを取り、パチリ、
ラーメンの位置をずらし、そこでまた、パチリ、パチリ、

チャーシューと海苔の重なり具合がお気に召さなかったようで、、

箸を割り(その店は割り箸使用なのだ)、両の手の親指と人差し指の間に水平に置き、
手を合わせて拝む構え、

ラーメン屋で、お焼香かっ!

餃子が届く、
テーブルに置いてあったスマホを取り、パチリ、
餃子の位置をずらし、そこでまた、パチリ、パチリ、

チャーシュー丼(半)が、届く、
テーブルに置いてあったスマホを取り、パチリ、
チャーシュー丼(半)の位置をずらし、そこでまた、パチリ、パチリ、

全部食べ終わり、空の容器を前に、手を合わせて拝み帰っていったわ、

なんなんだ、コイツ、

ラーメンが昂じて宗教になったのか、

いつからか目にするようになった、箸水平拝み持ち、
S学会をはじめ新興宗教関係者がその動作をするのをよく目にする、

それだけでウザイのに、空の容器に手を合わせ、拝む、
食べ物は生命の塊、生命をいただくことに感謝ってか、

写メ撮るヒマがあったら早く食え、

麺がのびてしまうだろ、
そこがラーメンの命だろっ

形だけ、みせかけだけ大事にしているから、そうなるのだ、

「ホントに好きなのね、汁まで全部呑んで」
女将が、苦笑して皮肉を言ったのに、感謝されていると勘違いのアホ男

どこのブログにアップするのかなんだか知らないが、どいつもこいつも似たような
ラーメン写真ばっかりアップしやがって、
一回しか行ったこともなければ、ろくに食ったこともないくせに、この店の味はどうだったとか、
店員のしつけがこの程度では味が、、うんぬん、

その前に、お前の舌はどうなんだ
そこだろう、問題は、、

空の容器に向かって拝んで帰るくらいなら、さっさと食って、待っている他の客のために
早く席を空けてやれ、

お前のオガミとパチリのおかげで、十分は余計に待たされる客のことを少しは考えろ、

この、トンチンカン野郎がっっっ

と、今日は、この手のアホ相手に心激しく乱れるアタシなのだ。。




2017年1月16日月曜日

えんがちょ

聞き慣れない言葉と思われる人もいるだろう、

東京の下町だけ?で使われていた、方言のような言葉だからだ、

汚いもの(例えば、うんこ)、不潔なもの、ちょっと他とは変わったものなどを、えんがちょ、と呼び
その、えんがちょ(えんがちょーと伸ばす場合もある)から自分の身を守る手段として、
両手の指の、親指と人差し指で円を作り、その円を交差させ、一種の鎖鍵のようにする、

「えんがちょ鍵締めたーー」と宣言すれば、もうえんがちょなる事例、物体からは
縁が無くなると、いう、子ども時代の挨拶のようなものだった、

えんがちょの中には、男の子なのに女の子と遊ぶ、当時の言葉で、男女(おとこおんな)と
呼称された行為も入っていて、

「女のなーか(中)に、男がひとりー、えーんがーちょ、えんがちょー、鍵締めた」

と、言われてしまった男の子は、しばらく、男仲間から遊んでもらえなかった・・・、

仲間だった男の子たちから、おとこおんなと呼ばれたことに必死に歯向かい、僕はおとこおんなじゃないやいっ、
と、泣いていた子を覚えている、
その子はただ家の姉ちゃんや妹たちと遊んでいただけなのだが・・、

なんでこんなことを書いたのか、

今でもたまに思い出すのだが、テレビで映画を放送する番組の司会進行係、解説者というのだろうが、有名なところでは淀川長治氏などがいた、その中の一人で、たしか増田某という若手(30代後半?)の解説者がいた、

彼が、ゲイだったかホモだったかの理由で番組を降ろされた事例があった、
ゲイとホモとオカマの区別がよくわからないのだが、当時では、変態扱いだったのだろう、

彼自身の言葉で、今までみなさんを欺いて申し訳なかった、というようなコメントを最後に述べて、番組から消えていった、

男に生まれながら心は女、女が女を好きになる、男が好きな男、こうした性向の人々は昔、みな変態だと、つまりHな人間たちだと、下町なら、えんがちょだと扱われていた、

言うまでもないことだが、今では考えられない、

芸能界に、芸術美術の世界に、音楽界、理容美容の世界に、いや、フツーの世界に生きている彼ら、ゲイやホモやレズなどなど、性の世界の少数者たちが、今は遺棄されることなく、一応は生存権を確保されているかのようだ、

少数は少数であるがゆえに異端とされ、多数から閉め出されてきた歴史がある、
閉め出されたことの中には、迫害や拷問までも含まれる、

ぼくはバイセクシャルで、男性も女性もイケマス、と胸を張って?堂々と言い切るお笑い芸人を
テレビで何度も目にする昨今、

今まで欺いて申し訳なかったと、謝罪し去って行った増田某のことを思い出すのだ。。。


2017年1月7日土曜日

新年

今年もまた、同じことを書くのだけれど、

明けましておめでとう、かどうかは、その家の、その人の、それぞれなので、
不特定多数を相手にする、こういう場では言わないほうが良いだろう、

年末に、火災に遭い家を失った人もいれば、行方不明のまま帰って来ない女性もいる、
とても、おめでとうの心境ではない、

年末年始と、いつもはそれほど酒を呑まないのだが、なぜだか今回はお呼ばれが多く、
身の程知らずに呑んでしまった、

酒を美味しく呑める分量には各人それぞれ決まった量がある、というのが持論なのだが、

自分の場合、日本酒なら二合まで、呑めといわれれば三合四合、五合くらいまではお付き合いできるかもしれないが、それ以上(三合以上)は、味もわからなくなれば、言葉ももつれ、肴の箸さばきも曖昧になってくる、

談論活発、意気揚々、天下無敵の状態は、まま二合までだろう、

それが今回は、

途中で意識を失ったことが二回も続いた、
どうやって帰宅したのか忘却の彼方なのだが、気が付いたら家に居た、

どうやらタクシーで帰ったらしいのだが、それさえも覚えていない、

で、翌日から相変わらずの嘔吐、激しい下痢、
新年二日から三日間も寝込み、今日やっと本調子が戻ってきた、

男六十六歳、準高齢者と最近ではいうらしいのだが、とてもとても高齢者の酒の飲み方ではない、

ひどく落ち込み、えらく反省している、

一緒に呑んでいたメンツはわかっているので、彼らとまた顔を合わせるのが恥ずかしく、
外出も控えたくなる気持ちに陥っている、

そんな新年なのだが、まあ、今年もよろしくなのだ・・、嗚呼




2016年12月24日土曜日

布団の中か、ベッドの中で、南の島なら茣蓙の上でみる、あっちの夢のことです、
今日、いや、昨日の晩なのか、起きた今でもはっきり覚えている夢をみたので、書いておこうと・・

職業訓練学校か、車メーカーのどこかなのか、
とにかく、大勢の他の生徒?らしき若者の集団の中にぼくもいて、先生らしき人物から、車ボディに空いた小さな穴や傷をパテで埋める実作業の説明を受けている、

説明を受け終わったあとに、実地にというか、実技の試験らしきものがあるので、どの生徒も、いちおう真剣に聴いているふりをしているのか、本当に真剣なのか、無駄口もへらへら笑いもなくて、いつも半ヨッパでひょろひょろ生きているようなぼくにも、その真摯さの中に身を入れているのが心地よかったのだ、

空力(くうりき)という縮め言葉がある、空体力学というのだろうか、
あの鉄の塊である飛行機が空を飛べる原理についての学問らしいのだが、詳しいことはわからない、
ただ、車の形状も飛行機の形状も、人智を超えて異常なスピードで走る、動く人工物はなんでも、それが電車であれ、F1カーであれ、空気の抵抗をなんとか少なくしようと、車体形状にはかなり気を遣う、
気を遣うどころか、そこに各メーカーの技術力の神髄と命を賭ける、のだとか、

本当のところは知らないのだが、

夢の中で、先生役の人物がそんなことを言いながら、みんなの前に据えつけてある中古車、車体のフロント部分がわざとめくれあがっているそれを粘土で修正させる実技を一人一人の生徒にさせていた、

おいおい、そんなんじゃ車が動いたら浮いてしまうよ、
それじゃあ、左右のバランスが違うだろ、もっとよく車の前から全体を眺めてみろよ、

言われた生徒は口答えするこもなく、はいと言いながら、先生の指導を受けていた、


ねっ、夢にしてはよく覚えているでしょ、

車、4輪車には興味がないので、なんでこんな夢をみたのかわからない、
見る夢には、意味も理屈もないのだろうなあ、、、