2015年11月26日木曜日

キャッチコピー

本を買う、
どこで買うのか店を選ぶのだが、目安の第一は価格、次に本の状態、

可、良、とても良い、その記述を参考に本を選ぶ、
価格は1円なのだが、送料に257円かかり、この中に書店の儲け(というにはあまりにもささやかな)が入っていると思われるのだが、価格が同じ場合、書店紹介のキャッチコピーを参考にすることもある、

今日目にしたその書店は・・、価格は5円で申し分ない、しかも状態は良、さて・・、



中古品 - 良い
良品。
東京都中野区、西武新宿線の駅からスキップで1分の
ブックマート都立家政店より即時発送!
店頭同時販売。

スキップで一分!
↑フツー、徒歩一分と書くところをスキップで一分・・・、、

そのスキップって、何歳のどんな人のスキップなんだろうなあ、
男性なのか女性なのか、おじいちゃんなのかマラソン選手なのか女子高生のスキップなのか、いろんなスキップがあるよね、
ちょっと気になったわ(笑)で、気になったついでにここで購入。
なんだかまんまと乗せられた?

2015年11月17日火曜日

憂鬱から開放される手段

おおげさなタイトルですまぬ

やっと、憂鬱から今朝、今は朝の3:30、開放されたのでそのご報告

アマゾンで買い物をしていると何度かここで書いた、
主に書籍の古本探しなのだが、生活日常用品、食料品、水なども購入している、

で、アマゾンのせいではないと思うのだが、クリックするたびに表れるポップアップ広告表示に長年悩まされてきた、
買いたいものはコレだろ、ほれ、買え買えと、いわんばかりのポップアップ広告、
画面一部を占拠し、その影になる商品説明が見えなくなる、
買いたくもない品物を毎回何度も繰り返し見せられる、
いやなことばかりの押しつけ広告・・、

使っているブラウザは主にグーグルクロームなので、その拡張機能からブロックすればいいのかと機能一覧をみたのだが、それらしきものは見当たらない、<DEALS****なんたら>

ネットで検索し、やっと対処法を発見し、それを実行、今おわったところ、

再起動し、アマゾンへ
んーー、
広告がなくなっている、嬉しい♪

その対処法を、ここに記しておきます
同じような問題に悩まされている方々の、いるかどうかわからないが、参考になれば幸い、

要は、グーグルクロームの再インストールをするだけ、
何かの買い物のどさくさにインストールされた無用なポップアップ広告アプリが、これで消えます、

まず、今使っているクロームをアンインストールし、新規にwebから、グーグルのホームページにいき、クロームのインストールボタンをクリックするだけ、
それだけですっきり、きっちり広告がなくなり、精神的安定を取り戻すことができました、

なお、アンイストールする前に、今つかっているブックマークのエクスポートをしておきます、
クロームの、一番上右側にある、三本腺模様、それがメニュー入り口になっていて、

メニュー → ブックマーク → ブックマークマネージャ → 管理 → (管理の一番下にある)ブックマークのエクスポート をクリック、

以上です!

PCに慣れているあなたなら5分で、慣れていないあなたでも30分で解決できるはず、
もしわからないことがあったら、ワタシに連絡ください って、連絡先わからないよね(笑)


2015年11月15日日曜日

テロリズムに反対します

白色テロ、赤色テロ、その他いかなるテロリズムにも反対します、

暴力からは暴力しか生まれない、
憎悪の連鎖はただ憎悪を拡散拡大するだけ、

フランス市民を狙った無差別テロ、そこで起きたことは、どんな政治的言い訳もとおらない、
いかなる宗教的教義をもってしても人を納得させることはできない、

多くの、テロとは無縁のイスラム教徒たちが迫害、差別、糾弾、追放の対象となることを憂える、

2015年11月10日火曜日

病状日記その11

11だかなんだか、よく覚えていない (笑) まあ、そのくらいは書いているはず、

生きるか死ぬか、それは、仏教でも煩悩の中で最大のものだと教えているはず、

まだ経験したことないから、死がどういうものなのか実感はあまりない、
心臓が止まるのか、脳が死ぬのか、どちらでも仕方ないので苦しまないで死なせてください、
お願いします、神様でも仏様でもどちらでもよろしいので、、

四大苦は病労苦死 だったかなあ・・、いい加減な話なので信用はしないで、

抗ガン剤治療が始まり、昨日と今日で3クール目に突入、
2クール目から今回まで、56日の間が空いた、

血液検査の結果がおもわしくなく、治療に体力が保たないとの医師の判断から、特に白血球の数値が低いので、体力の増強を待っての今回の治療となったわけだ、

目立った腫瘍はほとんど消え、体内にも目視できないほどになったと、この前も書いた気がする、
2回の治療で消えたので、3回目をどうするか、4回目はと、そのたびに医師と相談してきた、

完治はしない、寛解しか見込みがないといわれている病気(※1)なので、抗ガン剤を何度も投与することによる体力の低下が心配なのだとか、
標的である癌細胞と同時に造血幹細胞を痛めつけてしまう、そのことが今後の生活に重大な影響を及ぼすのだとか

癌をやっつけるのではなくて、小さな癌なら慣らしながら共存していきましょう、大きくなったら退治しましょう、というのが医師の勧め、
ぼくにも、それはよ~~~くわかる、

良いお医者さんに巡り会えて本当に良かったと、感謝している、

自覚症状もなく、食欲もあり、吐き気はなく、本数を減らしたとはいえ煙草を喫い、お酒を飲み、衰えたとはいえ若干の性欲もあり、健やかな生活を営んでいる、、

だから、あまり心配はしないで、大丈夫だから、って誰に言ってるw じゃなくて(笑)


酒場でてまた木枯しの人となり  山河 (あっ、これぼくの俳号ね)主宰の一郎さんが銘々

※1 癌におかされた造血幹細胞を外に取り出し、抗ガン剤投与や放射線照射などにより徹底的に叩き癌を消滅させる、その綺麗?になった細胞をまた元の体内にもどす、そうすると、新しく作られる細胞は、癌におかされていない新細胞となる
細胞移植とよばれる方法によって、完治したとの例も散見された、らしい
らしい、というのは、ぼくも聞いた話で、医師に確認したわけでもなく、治ったという本人にも会ったことがないからだ、

細胞移植、それができるには、元々の細胞がある程度元気であることが条件、
ぼくの細胞は、今まで何種類もの(7種類)抗癌剤を投与されて汚染し疲弊しているので、その治療はあまり考えていません、と、担当医師が、、

そのあとから、サイアクその方法も考慮していますと(サイアクかよっ)

なので、絶対完治しないと言い切れる状況にはなっていないのだ、

2015年11月8日日曜日

今日は句会

先月、治療を理由に欠席したので二ヶ月ぶりの参加となる、

句会はもちろん人の集まり、人が集まれば楽しいことも、またあまり楽しくないこともままある、、
俳句以外の理由で会員が一人、来なくなった、
会員間のトラブルがあり、そのトラブルが理由となって会そのものへの参加がしづらくなったようだ、

それはそれ、俳句は俳句と割り切れないところに、相も変わらない人のひ弱さのようなものが見え隠れして、なにやらタメになる、
一ヶ月に50句も60句も句作するような熱心な会員さんだっただけに惜しい、、

去る人もいれば来る人もいて、新しい会員がまたひとり増えそうだ、

主宰に代わり面接のようなものをしたのだが、ぼくが懇意にしている会員Kさんの友人なのだとか、
Kさんからの紹介で「会って欲しい」というので、三人で会うことになった、

Kさんと入会希望さんとは子ども同士が小学校時代の同級生で、それから40年以上のお付き合いなのだとか、
最近では子どもそっちのけで親同士で集まり、たまにお茶をする仲らしい、

70歳を超え孫の何人かにも恵まれたリッパなおばあちゃんたちなのだが、なぜか亭主は早くなくしたり別れたりで、女同士の気楽な付き合いを今、楽しんでいるらしい、
たまの海外旅行、月二回の油彩教室を現在も続けながら、次は書道もやってみたい・・、
俳句だけでなく次々にしてみたいことがあるようで、話を聞きながら、彼女らのしたたかな強さに触れたような気になりましたわ、

句会の内容、持参するもの、会進行の様子などを話しながら小一時間、
地元駅前にできたばかりのコメダにて話をした、
コメダは最近のお気に入りスポット、店内が綺麗で椅子も座り心地がまあまあだし、一人あたりの専有面積が他の似たようなチェーン店系珈琲店に比べ、ゆったりと作られている、
午前11時前なら、モーニングセットもあり、トースト一枚とゆで卵がサービスとなる、
新聞雑誌も比較的多くおいてあるので、図書館の帰りなど立ち寄るには絶好の場所なのだ、
これだけ言ったのだから、なんかくれ (笑)


句会の説明ばかりで俳句の話はなにもしなかった、
このぼくが俳句とは・・、などと説明するのは20年早いと自覚している、

またその内容ならぼくよりも主宰が説明されるのが本筋だろうしね、
ぼくは、案外、義理堅く、こうした「筋」を大事にする、

仁義が廃ればこの世は闇なのだ、、
昔から、任侠の世界に心情的シンパシーを感じてきた・・・、まあいいや、、


十二桁の個性なき身や北の吹く


2015年11月2日月曜日

なるほどなるほど

なるほど、は一回でいい・・、

先日、図書館には新刊本が少なくて結局買うことになってしまい本が増え続けて困る(精神的に困るわけではないのだが、社会的経済的に下の中に在するかと思われる我が家のスペースがそれでなくても狭いのに本に占領されてしまう、それで困るの意味)、と書いた、

そのことに関連して、出版社側からの言い分が新聞に掲載されていたので、取り上げてみようと思う、
近年の若者の本離れともいうべき現象が、その背景にはありそうなのだが、、

10月15日、16日に東京都内で開かれた全国図書館大会(こういう大会があるのだなあ)の席上、新潮社の佐藤隆信社長から「新刊貸し出し猶予」について発言があったのだとか、
それは、

「増刷できたはずのものができなくなり、出版社が非常に苦労している~売れるべき本が売れない要因の一つは図書館の貸し出しにある」というものだった、

新潮社を旗振り役にし、著者と版元の合意がある新刊について「貸し出しの1年猶予」を求める文書を11月にも図書館側に送る予定、だそうだ、

そもそも、国内の書籍(雑誌を除く)の売り上げは1996年のピークから減る一方で2014年には7割弱に落ち込んでしまった、とりわけ漫画出版などをもたない文芸系出版社が苦境にあるのだとか、、
ところが、出版社不況の一方では、全国の公立図書館は増加傾向にあり(それは知らなかった)、この10年で400館以上増え3246館に、同時に貸し出し冊数も増加するというわけだ、

図書館で貸し出しさえしなければ本がもっと売れたのに、という出版社の言い分が見て取れる、

たしかにそうしたことはあるだろう、それはわかる、、

読み手側の言い分を少し遠慮がちに述べてみるならば、読後、手元に置いておきたい本がある、かと思えば、読んでいる途中でぶん投げたくなる本も正直ある、

ぶん投げたくなる本を金を出して買ったときのやるせなさ、情けなさ、鬱陶しさ、こんな本のために出したお金がもどってこない悔しさ、、

読書が好きな人なら誰でも経験あることだと思うのだが、その点について出版社側はどんな対応もしてきてはいない、
買った商品が気に入らない場合、2週間以内であるなら返品可能という消費者の利益保護制度もあるのだが、その制度はなじまないのか、本には適用されない、

感動して読んだのにもかかわらず、また内容が大いに参考になったのに、つまらなかったといって本代を請求してくるズルイ客も予想されるので(この手の、心根の卑しい人間はいつの時代にでもどんな場面にでも居るものです)、返本可能制度が導入される見込みは当分ないのだが、
そこにこそ図書館の存在価値の一つを、ぼくは見いだしているのですけど・・、

文藝春秋社が出している直木賞や芥川賞をはじめとする各賞、それらの受賞作をその年に読むことはまず絶対ない、ぼくなので、この手の出版社の売り上げには貢献していないのだが、何年かしてその受賞作が残っているのならば、残されているほどの価値があった本ならば手に取ってみようとは思っている、

単なる話題作りのための出版社側の思惑に振り回されたくはない、というのがその理由、
その年話題になったままで消えていったいわゆる「作家」の数のなんと多いことよ、
わかっているだけでも、椎名なんとか子さんどこいった、あとはアレでしょう、コレでしょう、あっソッチにもいたね・・、

そんな根無し草のようなアテにならない「作家」の作品に時間と金を使うのなら、青空文庫に収録されている古典を読んでいたほうが、なんぼかタメになるし、楽しいし、有意義な時を過ごせるというものだ、

なので、これからも文芸系新刊には手を出さないぼくなのだが、出版社が苦境にあるのであれば、倒産してなくなっては困るので、図書館での「新刊本の貸し出し1年猶予制度」には、基本賛成です、

なぜなら、1年の間にどれだけの「新刊本」が「新作家」たちが消えていくのか、見てみたいから、、、