2016年11月13日日曜日

18050円

月に数回通っている居酒屋でのこと

目当ての居酒屋がたまたま休日の時に、利用している、
句会の後の打ち上げには、必ず利用しているので、月に一回は行き、
店長もアルバイトの店員も顔見知りなのだが、、、

目当ての居酒屋が休みだったので、そこであぶれた数人と、
仕方がない、あそこで呑もうかと相談がまとまり、ぞろぞろと店の中へ入った5人連れ、

呑んで食べて支払いの時、お勘定はというと、しばらく待たされ、

1万8千50円だという・・・

えっ ご、50円、

負けなよ!!

若い店員、しばらく考えて、ダメです、

おいおい、男3人、女2人、呑んで食って、18000円払うんだぜ
50円なんとかなるだろ!!

割り勘で呑んでいるのだから、その50円のおかげで割り切れない、
割り切れない気持ちのまま(笑)、帰そうっていうの?!

すみません、まかりません、

50円のことで、しばらく押し問答、
一緒に呑んでいた女性が100円だし、じゃこれで、と収まったのだが、

どうも気持ちは納まらない、

その若い店員に、大きい人間になれよと、毒づいて店を出たのだが、
帰宅して反省、

どっちが小さいのか、もしかしたらちっちゃい人間はオレ?だったりして・・

チェーン店居酒屋で、勘定もレジ打ち、
もしオレが店長だったら、50円自分の財布から出して、18000円も遣ってくれた客を
気分良く送り出すのだがなあと、思った次第、

どっちもどっち、なのかなあ・・、




2016年11月3日木曜日

今月の句会

板橋区の文化事業の一環として、俳句界への支援がある、

区内の小中学生から俳句を募集し、板橋区俳句連盟主催の句会において表彰顕彰することもその中の一つ、
板橋区長賞、板橋区議会議長賞やら、区の役職を冠した賞などが上位に設けられている、

高齢化の現状は句界にももちろん及び、参加者の高齢化老人化が目立つ会場に、その日一日だけとはいえ小中学生の姿が溢れることは騒がしいけれど喜ばしい、

顕彰の前半は子どもたち、後半は大人たちの句が選句される決まりになっている、
前半が終わり子どもたちが退席するといよいよ俳句自慢の大人たちの出番、それからが本気モードになる、

板橋区の支援の一つには、区内数カ所に設置してある俳句掲示板もある、
区内にいくつかある句会が持ち回りで、選句された句を発表掲示することになっていて、今月は我が句会の番なのだとか、

今日、東武東上線大山駅の近くにあるその掲示板に、何句か掲示することになった、
行きませんか?
誘われたので行ってみることにした、

掲示される句の中に、先月、句会に発表し選句されて自分の句、

外来種棲みつく皇居肌寒し

が、あるということなので、その意味でも他人事ではないなと思ったからだ、

帰ってくると、いつもお世話になっている居酒屋「大松」さんの開く時間5時にちょうどいい、
ということで待ち合わせは成増駅改札3時半となったらしい、
シメまで行き届いていて、やることにはいつもほころびがない、笑

さて、
今月11月の句会は13日、

冬晴れや工事現場の腕相撲
冬晴れやニッカポッカの腕相撲

切らるるを承知で葱の首揃へ

貧でよし卑にはなるまじ星冴ゆる

独り身も柔肌恋し空つ風

凍蝶や手掌にあれば脚動く

包丁を研いでおだやか神無月


以上の句を提出しようかと思っている、
冬晴れの句は、ニッカポッカが労働者の作業服だと分かってくれればいいのだが、わからないと伝わらない、
工事現場の方が理解は早いのだが、句意は、作者としてはニッカポッカに気持ちが動く、

気持ちに素直に従い、ニッカポッカでいくかなあ・・、








2016年11月2日水曜日

古寺巡礼

たまに出かけていく街、吉祥寺

複雑な迷路のような裏通り、アーケード街、雑多な街並み、そしてなによりも古本屋の存在、
出かけていく理由はいくつかあるのだが、ぼくにとっての吉祥寺は、ファッションでも食事でも酒でもなく、やはり古本の購入が一番の理由になるのかな、

片道、バスで1時間、往復2時間かかるのだが、手に入れた書籍の重みで喜びも重く深くなる、

立ち寄る店は一軒だけ、名前は覚えていないのだが、駅近く徒歩30秒の距離なので雨が降っていても気にならないし、扱っている古書がぼくの感性に合っているというのか、居て気が落ち着く、
その場所だけはゆっくりと時が流れていくように感じられる、

手に入れた、この本
なんと価格は500円だった! 驚

前から読みたくてとても欲しかった本、写真集というよりイベント会場で販売されていたか無料で配布されていたものなのか、わからないのだが、どちらでもかまわない、

カメラを少々趣味としているので、撮影者の土門拳さんの名前は何度も目にしている、
亡き父親が大切に保持していた「筑豊の子どもたち」、その粗い紙(あえて普及のために紙質を下げて印刷したのだとか)に撮られた大人たちや子どもたちの顔、顔、顔、

シャッターを押さないでじっと待っている、
何時間も時が経ち、陽も落ち、夕暮れがせまるその頃、ふっと仏像が微笑む瞬間がある、
その時を逃さずにシャッターを押す、

彼の、そんな内容の文章をどこかで読んだことがある、
原文とはまったく違った表記なので、そこは立ち止まらないで飛ばして欲しいのだが、仏像が微笑む瞬間がある、という内容は確かに目にした、

そうなのだろうと、写真は光がすべてだと信じているぼくは、素直に納得している、

まあ、とにかくだ、
この写真集以外に、5冊も買って、支払った金額は1410円だった、
函入りの「歴史を紀行する」司馬遼太郎は、処分本として、な、なんと80円だった、

当分、寝るまで読書、布団の中の幸福な時間が約束されたのだ、