4月から担当医師が交代になった、
今度の医者は見たところ40歳前の若手、病状説明もはきはきと色々教えてくれて、今までのお医者さんとはかなり違う、
「この病気で死なないと思っているでしょう、そんなことはないのですよ」、いきなり言われた、、
これまで、死ぬか生きるかといえば死にません、その意味で安心してください、と言われてきた、
ただし再発もしやすいのでそれに注意しながら治療にあたっていきます、との但し書きがついていたけれど、、
今度の医師は、5年間生存したとしても10年未満で亡くなる方がかなり多いのです、と、
まるで貴方はあと5年で死にますといわんばかり、はあぁ・・、
治療の方針もこれまでとは違え(医師自らによる方向転換)、抗ガン剤治療を減らし、癌化していない正常なリンパ球を育てることにしたい、近い将来予想される患者の肉体に大きな負担がかかる抗ガン剤治療のために、そのときのために体力を温存・育成しておきたい、のだとか、
髪の毛がすべて抜けてしまうような治療の必要性が将来必ず来る、そのときに患者の体力が残っていないとその治療もできない、将来の治療に備えここは抗ガン剤の服用を少し見合わせる、そんな説明だった、
こちら患者側からすれば、どのような治療が待っているにしても、医師の診断と治療に任せるしかないので、お願いしますと頭を下げるしかないのだけれど、同じ病院で同じ科で、医師が変わっただけでこんなにも治療の方針が違う、
セカンドオピニオンの必要性や妥当性が叫ばれている今日、相談する病院を変えたらまず同じ答えは返ってこないなあ、、
それって患者にとってどうなのよ?
医学知識のない患者に(たぶんほとんどの患者は医師より知識は劣るはず)、現に今、病に苦しんでいる患者に、いくつもの治療の道を見せられたとしても、どの道を通ってよいものかわからない、
続きはまたあとで (ほんとだな 笑)
☆続きらしきもの
結局のところ、医者看護師薬局をはじめとしたその医療機関総体を信頼し、身を預けることしか患者に選択肢が残されていないのでは、とそんな気がしている、
こんな方法があります、あんなのもありますと聞かされても、希望といえば治るもの、痛くないもの、後遺症が残らないもの、そんなことしか思いつかない、
新しくぼくを担当することになった若手の医師は、骨髄、胸部のCTを撮りその結果をまって5月9日に今後の診療方針を話しましょう、そこには奥さん同伴でと、ステキな指示をてきぱきと出して、初回の問診を終わった、
家人同伴でというところに、少しひっかかるものがあるのだけど、今まで何も言われてないのだから、いきなり、あと半年で死にますよ、ということはないのだろう、、
どんな治療が待っているのやらわからないのだが、結論は、この病気は治る病気ではなく、一生お付き合いしていく病気だということがますます明らかになったということ、
75歳まで生きられれば、悔いはないのだが・・、、
歌は、もしぼくが死んだら流して欲しい歌の中の一曲、花
イマジンもいいな、清志郎くんからも何曲か、ベートーヴェンの運命もベルリンフィル、フルトベングラー指揮で、戒名なしで葬儀もなしで、献花弔電一切なしで
我遠方より来たる また遠方へと行かむ とかなんとか、かっこいいことを言いながら去っていきたいな。。