2013年3月17日日曜日

置き引き




友人が置き引きの被害に遭い、バッグに入れていた全てのもの、デジタルカメラ、老眼鏡、野球観戦チケット5枚、ジッポーライターなどをバッグごとそっくり盗まれた、
幸い財布だけは腰につけていたので盗難からまぬがれたのだとか、

北区赤羽の立ち飲み屋で飲んでいたわずかな時間、10分か20分の間のことだったらしい、
足下に置いていたバッグが気がついたらなかった、と、

横で飲んでいた人か後ろで飲んでいた人か、どちらにしてもその店に出入りし、一杯か二杯飲んだ客の仕業には間違いない、

立ち飲み屋といえば、客単価2千円以下、千円以下で帰って行く客がほとんどの安い店、
来る客も、こう言ってはなんだが、ふところに余裕のない貧しい連中がほとんどだろう、
運転手付きのリムジンで乗り付けることはまず無い・・、

貧しい人間が貧しい人間から物を盗む、

そのことがやるせない、と友人が語っていた、
どうせ盗るなら金持ちからやれよ、俺みたいな毎月の支払いに汲々としているビンボー人から持って行くなよ、情けない・・・、と、

江戸時代の明確な身分制度から「自由」になった現代、最下層に位置する人間たちの存在が不明確な時代、だれが、どの階層が最下層になるのか、はっきりとはわからない、知らされていない、
私が、あなたが、そうなのかもしれないのだが・・、

国民の大部が”私は中流”であるとの意識を持っていると報告されてから、かなりの時間が経過している、
最下層だと宣言されたら、その状況に怒って暴動が起きることを察知しているのか、去勢された犬たちにコトを起こせるほど力はないよと舐めているのか、どちらにしてもぬるめの湯の中で時だけが流れていくかのような今、、

年収200万円以下の若者層の増加、派遣切り、契約切りの中で、アパートの家賃の支払いが滞り、追い出され、住居を失った比較的若い年齢のホームレスの姿も眼にすることが多くなった、
地元にも老年2名、若年2名、老女1名のホームレスがいる、

昨日眼にした若年ホームレスは、両手に紙袋を提げ泥と垢で汚れた冬物ジャンパーを何着も着込み、すでに眼が飛んでしまっていて、なにやら意味不明の言葉を繰り返し喋りながら川越街道の脇道を歩いていた、
明らかに精神に破綻を来していて近寄ることさえ憚られる状態、見ているだけで何もできない自分が情けない、、

どれほど金に切羽詰まっても人のものに手を付けない、
そのくらいの決意しか持ち合わせていない自分がいる、置き引きをした男、女?
一回会って話を聞いてみたい、

盗みを働く、それが成功したとして(成功したのだが)、その後の生活の中で、自分は盗人だ、泥棒だという明確な事実を前に、精神的な抗弁をなしうるのかどうか、

自分はコソ泥だという現実に抗し、フツーの生活を人として送っていけるものかどうなのか、
当たり前のように行きつけの居酒屋で酒を飲み、銭湯の湯船に何事もなかったかのように身体を横たえ、春になれば桜を愛で、親戚のだれそれにお年玉をあげ、知り合った年下の人間に今は大変だけどがんばれよと、言えるものなのかどうか、

そこが知りたいのだ、、、





0 件のコメント:

コメントを投稿