2016年10月16日日曜日

歓迎 ボブディラン氏 ノーベル文学賞

今年度の文学賞はボブディラン氏に贈られることに決まった、

彼がアメリカの音楽界を超え、世界の、とりわけ日本の音楽界に与えた影響を考えれば、
今回の受賞は当然といえば当然、

ギター一本と首から提げたハーモニカだけで、独特のしわがれ声で歌うスタイルは、それまでの音楽世界が、専門の作曲家や作詞家、歌手、オーケストラで成り立っていたものを根底から覆し、人間一人一人が自分の世界を、自分の情感を、自分の常識を、思想を主張を、誰の力にも頼らず素直に表現できることを示したものとして、画期的なものだった、

ユダヤ系アメリカ人として、ユダヤ教に由った歌も多いし、「戦争の親玉」などに代表される反戦的な歌の数々は、当時アメリカ政府が行っていたベトナム戦争への倦厭的な気分をも盛り上げ、日本の反戦活動のメッセージソングともなった、

彼から影響を受けた日本のミュージシャンも挙げればきりがない、

岡林信康をはじめ泉谷しげる、井上陽水、吉田拓郎、浜田省吾、長渕剛などなど、
有名、無名の多くのミュージシャンたちが彼の音楽から、彼のステージスタイルから、彼の詩から多大な影響を受けてきた、

大げさでなく、ボブディラン氏が居なければ、今日の日本の音楽界は大きく様変わりしていたことだろう、

ボブディラン氏がフォークギターからエレキギターに持ち替えた時、否定的な、反ボブディラン現象が拡がったことがある、
ギタープレイヤーでない彼が、楽器を何に替えても、そのテクニックは決して上手なものではないし、そんなところに彼の本質があるわけでもないのに・・、

時代が変わり戦争が終わっても、また新たな戦争が始まっても、常にボブディランはボブディランとして変わることはなかった、

今回の受賞は、その一貫として変わらない彼に対する当然の世界的な意見の一致を具現化したものなのだろう、

ボブディラン氏は、現代の吟遊詩人なのだ、
ぼくが高校時代に彼に捧げた称号が、遅まきながら世間が認知したようで、そのことも嬉しい、

そして、もう一人の、現代音楽に偉大な影響を与えた巨人、ジョンレノン氏、
彼が今も生きていたら、彼も当然、受賞の対象者となるべきであり、そのことがかなわない現実に、ぼくは、心から悲しみを感じている、
ミュージシャンであり作詞家、人権運動の活動家、そんな彼が、受賞を喜ぶとは思えないのだが、
拒否する姿さえもジョンレノンらしい、その光景を見たかったという願望も抑えきれない、

かつての日本の首相、佐藤栄作氏が、アメリカのベトナム戦争政策に追随し、世界にも例のない広大な自国の領土を他国の軍事基地として提供し、とりわけ、沖縄なくしてベトナム戦争は遂行できないとまで言わしめた屈辱的、売国的、基地提供を推進したその超本人、佐藤栄作がノーベル平和賞を受賞して以来、ノーベル賞は死亡したと思っていた、

そんなノーベル賞が、民族の未来はその民族が決める民族自決権、人類の平和と進歩に誰が多大な貢献をしたかどうかを決めるなんの権限も力も裁量もないと再認識しつつ、今回の決定だけには深くうなずくものがあるということを、ここに、明記しておく、


戦争の親玉

やあ、戦争の親玉諸君
大砲を作る諸君
殺人飛行機を作る諸君
大きな爆弾を作る諸君
壁の後ろに隠れている諸君
机の後ろに隠れている諸君
諸君に知ってほしい
私は諸君の仮面を見通せるって事を

絶対に何もしない諸君、
破壊の為の製造以外は
諸君は僕の世界の中で遊んでいる
まるでこれが諸君の可愛いおもちゃであるように
諸君は銃を手に取り
私の視線から逃れる
向きを変えて遠くへ逃げる、
銃弾が飛んできたら

昔のユダのように
諸君は嘘をつき欺く
世界戦争は勝つことが出来ると
私に信じてほしいと思っている
しかし私は諸君の目を読み
そして諸君の考えを見抜く
まるで下水道を流れる水を
見通すように

諸君は自分の引き金は留めておいて
他の人々に発砲させる
諸君は後ろでただ見ている
死者の数が増えると
別荘の中へ隠れる
若い人々の血が
体から流れ出て
泥の中に埋められている間に

諸君は最悪の恐怖を振りまいた
今までで最悪の
子供を産む恐怖
この世界に
私の赤ちゃんを恐れさせる
まだ生まれても、名付けられてもいない
諸君は自身の血管を流れる
血ほどの値打ちも無い

私がどれだけ知っているか
諸君に話せるほどの
諸君は私が幼いと思っているかもしれない
諸君は私がまだ充分学んでいないと思っているかもしれない
しかしひとつだけ確かなことがある
私は諸君より若いけど
イエス様でさえ
諸君がしていることを許しはしない

ひとつお尋ねします
そんなにお金が好きなの?
それが諸君に容赦を買ってくれるの?
買ってくれると思うの?
私は諸君がいずれ気付くと思う
死がその代価を支払う時
諸君が稼いだその金は
諸君の魂を買い戻してはくれないと

私は諸君が死んでくれればいいと思う
そして死はすぐにやってくるだろう
私は諸君の棺桶の後をつける
青白い午後に
そして諸君が埋められるのを見るさ
お墓の底へ
そして私はその墓石の上に立ち
諸君が本当に死んだか確認するのさ

"Masters Of War"

Come you masters of war
You that build all the guns
You that build the death planes
You that build all the bombs
You that hide behind walls
You that hide behind desks
I just want you to know
I can see through your masks.

You that never done nothin'
But build to destroy
You play with my world
Like it's your little toy
You put a gun in my hand
And you hide from my eyes
And you turn and run farther
When the fast bullets fly.

Like Judas of old
You lie and deceive
A world war can be won
You want me to believe
But I see through your eyes
And I see through your brain
Like I see through the water
That runs down my drain.

You fasten all the triggers
For the others to fire
Then you set back and watch
When the death count gets higher
You hide in your mansion'
As young people's blood
Flows out of their bodies
And is buried in the mud.

You've thrown the worst fear
That can ever be hurled
Fear to bring children
Into the world
For threatening my baby
Unborn and unnamed
You ain't worth the blood
That runs in your veins.

How much do I know
To talk out of turn
You might say that I'm young
You might say I'm unlearned
But there's one thing I know
Though I'm younger than you
That even Jesus would never
Forgive what you do.

Let me ask you one question
Is your money that good
Will it buy you forgiveness
Do you think that it could
I think you will find
When your death takes its toll
All the money you made
Will never buy back your soul.

And I hope that you die
And your death'll come soon
I will follow your casket
In the pale afternoon
And I'll watch while you're lowered
Down to your deathbed
And I'll stand over your grave
'Til I'm sure that you're dead.










2016年10月7日金曜日

チェ・ゲバラ 1

1928年6月14日夜、アルゼンチン・ロサリオ市、カージェ・エントレ・リオス北480(河の入口北480番地)の病院で一人の赤ん坊が生まれた。

エドゥアルド・エルネスト・ゲバラ・リンチを父に、セリア・デ・ラ・セルナ・イ・ジョサを母に産まれたその子は、エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナと名付けられた。

                    「チェ・ゲバラの遙かな旅」 戸井十月 集英社文庫より


1959年1月1日午前2時10分、フルヘンシオ・バチスタ将軍が大統領特別機のDC4でドミニカ共和国へ逃げたことによって、ここに成立したいわゆる「キューバ革命」
それを成功させたキューバ人弁護士フィデル・カストロとともに、チェ・ゲバラの名前を脳裏に刻み込んだのはいつのことだったろう、

ベトナム戦争反対の運動に参加していた1968年、その前後の年だろうか、

名前と顔、ゲバラという名前と髭をたくわえベレー帽をかぶったその顔しか知らなかったその頃、
彼がキューバ人でなくアルゼンチン出身であることや、ブエノス・アイレス大学医学部を卒業した医者であったことも知らなかった、

希代のゲリラ戦士であり革命家であるより前に好奇心に満ちた旅人であり、負けず嫌いのスポーツマンであり、ロマンティックな詩人であり、そして何より、人を愛し続けたゲバラ、

ゲバラは、今も、国境や言葉を超えて世界の人々の中で生きている、
ゲバラは過去の人ではない、
むしろ、混沌とした今のような時代にこそ世界はゲバラを必要としている

ゲバラのことをしばらく書こうと思っている、

書く文章のほとんどを、戸井十月氏の著作からの引用に頼ることになる、
戸井氏の文章の大海の中に、ぼくの感想としての海鳥の南羽かを漂わせるかのようだ、
そのことによって、彼の文章が、それが意図する内容が薄まってしまっては申し訳ないのだが、著作を読んで感動したことを少しでも世間に伝えられれば、との気持ちから出発しているので、ぼくの文章の未熟さや慌てぶりには目をつぶってもらいたい、

戸井氏のあとがきにある、参考、引用文献・記事の中にも読んでみたい本があるので、そこから参考にしたり引用したときには、随時その時にまた明記する、

2016年10月3日月曜日

くだらない話

居酒屋で、政治とスポーツの話は禁句、とされている、

ひいきの政党もあれば、応援している野球チームもある、
それぞれがそれぞれに言い分もあり、応援している理由もあるのだろう、

野球チームの、西武を応援している人と中日を応援している人がテレビの実況中継を見ながら
ケンカになり、その居酒屋では野球中継が禁止になってしまった、、

これ地元成増での実話です、、


で、政治とスポーツの話が禁止になってしまうと、話題がない人は(週刊誌かタブロイド版の夕刊紙ネタしか持っていない、リアルな経験に乏しい会社員はけっこう多い)、いわゆる下ネタに話の糸口を見いだす傾向にあるようだ、

女性の社会進出が叫ばれて早や数十年、赤ちょうちんに独りで呑みにくる女性たちも珍しくなくなった、
独りで立ち寄るくらいの女性だから、男性(といっても高齢者が目立つのだが)たちの下ネタ話にもめげることはない、
なかには、男性以上の下劣な話を披露し、男性たちから引かれている老女もいたりする、

まじめな話、苦労話、出世話などなどが、なぜか嫌がられる話題の主かもしれない、


で、話かわって、麻雀の話なのだが、、

東場が終わり、南場に入ることを、南入(なんにゅう)というのだが、
いつか、この居酒屋常連たちと卓を囲んだときのこと、
相も変わらずのバカバカしい話に終始していたのだが、夜も更け、眠くもなってきた午前二時頃、

南入した瞬間、

メンバーが言った一言が良かった、

南入法蓮華経 だと (笑)(笑)(笑)


まったく、日蓮宗宗人が聞いていたらケンカになりそうな、あまりにもくだらなくてケンカにもならないか、、