2014年8月13日水曜日

糠味噌の漬けもの

タイトル、そのまんまのもの、

ベランダ菜園から始まり、そこで採れたものを食べているうちに、そうだ糠味噌も美味しいのではないか、とひらめいた、
ネットでいろいろ調べていると、冷蔵庫で作る糠床というのに当たった、
冷蔵庫の中に保存する糠床なので、かきまわす手間も、5日おきくらいでかまわないのだとか、
(常温だと毎朝毎夕、毎日のことになると面倒だものね)

アマゾンで注文し、使い始めてかれこれ一ヶ月、
結論を先にいおう、
かなり良いよ!

届いた糠床は(糠床セットなのだ)、その日から使えるように、プラスチック容器に入った熟成した糠床と一緒に、追加用の鷹の爪、塩昆布、塩、などなどがパックされていて、一から始める糠床のように、捨て用の野菜とかも必要ではなく、すぐに野菜を漬け込むことができる、

常温糠床と違い、発酵時間もゆっくりなので、通常の漬け込み時間×1.5倍の時間が必要となる、
12時間で漬かるキュウリならば18時間、24時間かかる茄子ならば36時間かかると、説明書には書いてあったのだが、塩加減を少しきつくして、うちでは、なんでも24時間で取り出し、食べるようにしている、

谷中生姜も5、6本入れ、茄子、胡瓜、蕪、人参、試しにゴーヤも漬けてみた、

もし塩が甘ければ、できあがった漬け物に醤油少々をたらしてもいいしね、

添加物もなく、着色料も使わない野菜そのものの旨みと、それが発酵した味を安心安全に楽しんでいる、
スーパーで売られている総菜のほとんど全てに、合成うま味調味料が使われ、その原材料の多くを中国に頼っている現在、安心安全な食べ物というだけで、価値はあるのだと思っている、
まして、味も良いので、これはかなりのお薦め、、、

5日おきくらいにかき回せばよい、と書いてあったのだが、毎日、取り出し食べるので、結局、毎日かきまわすことになってしまった手間だけは、予想外だったけれど、

写真は、できあがった糠味噌漬け

全体がよくわかるように、上から撮影したので、美味しそうには写っていない、

蕪の葉(実際には葉を落とした茎だけなのだが)ほか、いろいろ野菜が並べてある、
お茶を飲む時、これらを食べると、思わず笑いたくなるほど美味しくてステキな時間が流れていくよ♪





2014年8月10日日曜日

なじまないもの

好き嫌いにかかわらず、自然界、特に動物界において白い体色は排除されるべき運命にあると聞いたことがある、

白い狼、白い虎、白い猿、白い馬、などなど、
突然変異的にある日いきなり誕生するその生命は、目立つという理由から、草食動物ならば肉食動物の格好の餌食となりやすく、肉食動物であるならば草食動物から発見され逃げられることも多く、餌にありつけないことから餓死につながる、

他の色とは極端に異なる白色は、目立つがゆえに、集団そのものの存亡をも左右しかねない、
白色個体が成長しその寿命を全うすることは稀で、その多くは幼少時に命を絶つ、

異なるもの、平均値をはるかに超えた存在、種における異分子、それが生きていく途は自然界では険しい、

種は個々の生命の存続よりも種全体の存続を最優先させる、
集団が生き残るのならば、ワズカな生命の犠牲はやむを得ないという現実を、餌となる草を求めてアフリカ大陸を横断するヌーの大群から今日でも学ぶことができる、

天敵である鰐が生息する川を承知で横断するヌーの大群、多いときには数百万頭ともなる大群の中には、鰐によって捕らえられ命を落とす何頭かが必ず発生する、
弱いもの、病弱なもの、足をくじいたもの、体力のない幼いヌーなどなどが、鰐の犠牲となる、

卵で生まれる鰐と違い、親の形となって産み落とされる草食動物は数時間後には歩き出し、その生存率は高い、
生まれた子のほとんどが成長し大人になるといっても過言ではない、
増えすぎた草食動物が草原を食い尽くし、やがてその集団の全ての食糧危機につながる、
そんなことも珍しいことではないようだ、

アメリカの自然国立公園において、オオカミを駆逐したところ、草食動物(この場合、鹿なのだが)が増えすぎて、結果、餌場となる草原が不足し、群れ全体の死滅にまで発展しそうになった、
その対策として、駆逐したはずのオオカミのつがい二対をアラスカから運び入れ、適度(!?)な間引きを行わせた結果、自然界のバランスが保たれ、今日も維持できている、
つがい二対は今では十数頭の集団となり、年間数十頭の草食動物を減らしているのだとか、、、

自然公園(国側)と、オオカミの被害を訴える牛や馬を飼う近辺の牧場主側との対立という混乱が二次的に引き起こされたことは想定外だとして、、、

以上は自然界のこと、


誰でもいいから人を殺したかった、父親も母親も殺そうとした、中学時代から猫の解剖をした、
猫だけでなく人も解剖してみたかった、

仲の良かった同級生の少女を殺害し、首と手首を切り落とし、胴体の一部にまで損傷を与えたという少女が逮捕された、
父親は弁護士であり地元の名士でもあったらしい、
父親の再婚をめぐっての少女の揺れ動く内心を省察したコメントも一部みうけられたが、ぼくは違うと思う、

誰でもいいから人を殺したいと、ぼくはこれまで思ったこともなかった、
父親も母親も殺そうとはしなかった、
猫の解剖にいたっては想像すらできそうにない、
生きたまま解剖することはできないはずだから、殺してからのことになるのだろうが、猫を殺すという行為が、ぼくの精神世界のどこを見渡してもでてこない、

そうした発想がぼくにはない、、

結論をいおう、
この少女の存在は人類にとってなじまない、
この世界にあってはならない存在なのだ、
人を殺す自由を認めたら(もしそれが自由という行為に該当するものとして)、殺されないための自由もあっていいはずなのだ、

貧困、飢えからの自由が、今日でさえも基本的人権の中核をなしているように、殺されない自由というものは、殺す自由より上段に据え置かれるべきなのだと、殺す側よりも殺される側に位置しているぼくは考える、

今後、この少女がどのような処遇を受けるのか、関心度は高いのだが、ぼくのなかで答えは既に出ている、

高校時代に読んだアメリカのミステリー作家、エラリー・クイーンの小説「Yの悲劇」の中に、その答えはある、、



2014年8月2日土曜日

けが

放置自転車を片付けていて、思い切り足をぶつけ生爪を剥いでしまい出血、
痛い痛い痛い、、
さっそく病院に行って治療をしてもらったのだが、

「麻酔注射もかなり痛いので、このまま処置をしますか?」

(左足親指の生爪が大部分剥離してしまっているのだが、まだ根元に着いている、それをすべて剥がした方が治りが早いというので)

「お願いします」

ピンセットで剥離した爪を持ち上げ、手術用ハサミで根元を切りとばす作業、
たまにハサミの金属部分が爪の取れた生肌にあたり、それがかなり痛い・・、
思わず、声が出たわ、、、あうっ

明日は日曜日だけれど、当直の医師が居るとかで、包帯を換えにいらっしゃいと言われた、

今月7日に仕事を頼まれている、
頼まれるくらいだから、かなりハードな作業が予想される、
この足で安全靴を履いてできるだろうか、それが心配、、




2014年7月30日水曜日

危険

【危険】 危ないこと。危害または損失の生ずるおそれがあること。  広辞苑第五版

生ずるおそれがあること、というのなら、必ず、絶対に100%危険だというわけではなさそうだ、
本当に危ないモノには、危険という言葉より、もっと強力な他の言葉をあてはめる方が適切なのかもしれない、

脱法ドラッグという名称が、モノの実体を伝えていないので、新たな、実体に見合った名称を募集した、その結果、脱法ドラッグ改め危険ドラッグという名称になったのだとか、
それをうけて各マスコミ一斉に、危険ドラッグという用語を用いだした、

しかし、危険ドラッグでは少し甘いのではないか、
危険なことならあえてやってみたいという性向は若い時によくみられること、
アブナイからやめておこうというのは分別ある老成した大人の思考、
アブナイからやってみたい、それはこれまでの自分を思い返しても何度もあった、

危険という単語をつけて、注意をうながす、関心を逸らすというのは、見当違いなのではないか、
そんなことを考えた、

それなら、どんな名称がいいのか、ヘボ頭からはなかなかうまい言葉が出てこないのだが、危険よりさらに危険度を増した言葉がいくつかある、

狂、廃、棄、堕、などなどの漢字が思いつく、

12、3分、相談した結果、廃人ドラッグという名称が我が家で採用された、
危険ドラッグより、そのモノの様相を的確に表しているのではと自画自賛、、、

危険ドラッグ改め、廃人ドラッグ、これを強く勧めたい、、


2014年7月25日金曜日

パスポート取得

今日、パスポートを取るための手続きをしてきた、

今すぐどこかに出かけるというわけではないのだが、行ってみたい国が何カ国かある、
その一番はベトナム、、

数十年前にもなる青春時代の一時期、ベトナム戦争反対の運動に参加していた、
その中での色々は、今ここで書いても仕方がないことだし、ぼくが書くよりも1000倍も雄弁に物語ってくれる本なりドラマなり音楽、映画が多数ある、

ぼくが訪れてみたいのは、ベトナムの中でも、ディエンビエンフー、トンキン湾、
ベトナムという国は、古くは中国の侵略と戦い、日本の侵略とも戦い、フランスと戦い、アメリカと戦って祖国統一を果たした国、、

何冊かのベトナム戦争に関しての著作を読み映画も観たので、まだ一回も行ったことがないベトナムのあちらこちらを、まるで九州か関西のように頭に描くことができる、

対仏戦争において、ベトナムが決定的に優位に立つきっかけとなったディエンビエンフーでの戦い、
南ベトナムでの戦況の悪化に困惑したアメリカが北爆の理由としたトンキン湾事件(いまでは、この事件そのものがアメリカの仕組んだ捏造事件だったとばれているのだが)、

そのどちらをも、この眼で見てみたい、

サイゴン陥落、その直前のアメリカ大使館からのヘリコプターによるアメリカ大使の逃亡、
それらのニュースをリアルタイムで見聞きしたぼくは、そのたびに歓喜の喜びを素直に表現したものだ、

撃墜したアメリカ軍のジェット機から作られたというジュラルミン製の文鎮、英雄(HERO)と名付けられたベトナム製の数百円の万年筆、それらのモノの感触とともに、ぼくは反ベトナム戦争の運動に身を漬け込んだ記憶を今でも噛みしめることができる、

次女のFaceBookをたまに見ているのだが、彼女の関心は、パレスチナ問題に集中しているようだ、
イスラエルによるGAZAに対する空爆を止めるための集会に彼女が積極的に参加したことがわかった、
彼女にとっては、そう言われることはもしかしたらイヤなことなのかもしれないのだが、ぼくと彼女との間に流れる血の濃さを感じ取れるできごとだと、ぼくには思える、

理由はなんであれ、人間が人間を殺す、強大な国家がより小さな国家の尊厳を侵す、それは決してあってはならないこと、複雑な政治的背景やイデオロギーの相違、宗教上の問題、それらすべてを俎上に載せ、だから仕方がないのだとの正当性を主張しようとも、殺していいという理由にはならない、侵す理由にはならない、

ものごとの本質はつねに単純なもの、だめなものはダメだと、きっぱり言えるかどうかだということに、人間性の本質が、根っこの部分が現れるのだろう、

★戦争のどちらにも加担はしない、アメリカからもベトナムからも等距離中立論だとして、アメリカも悪いが戦争をしているベトナムにも責任があると、今日と変わらずアホな議論を展開していたのが、当時から日本の公党であった創価学会を支持母体にもつ公明党だった、

それに対し、ベトナムの英雄、ホー・チミンは明確に応えた、

ベトナム兵のただの一兵もワシントンに上陸したことはない、誰一人ニューヨークを襲ったことはない、遠く太平洋を越えて55万人もの兵隊を送り込み、ベトナムを侵略してきたのはアメリカなんだ、と、、、
この戦争の本質は、アメリカによるベトナムに対する侵略戦争なんだと、、
ベトナム戦争反対の本質は、侵略戦争反対という、非人間的な行為に対しての人間的な立場からの反対運動なんだと、

平和平和と唱えるだけで、憲法の曲解に手を貸し戦争参加への道を開き、消費税の値上げに賛同し、大臣の椅子欲しさに現政権にしがみつく公明党の、卑しい性向はこの数十年なんら変わることはなかった、
ある意味一貫していてキモチイイ、

ライオンのおこぼれをあさるハイエナ政党、確固とした古い歴史をもたない新興宗教団体にふさわしい態度だとそれはいえる。。。






2014年7月24日木曜日

気になった言葉

人は二回死にます、

一回目は生物学的に死んだとき、
二回目は、あなたが忘れたとき、

あなたが忘れない限り人は生きています、、、


妙にこの言葉が心に沁みた、

人というところに、あなたが思いつく特定の人の名前を入れれば、この言葉の意味がよくわかります、
と、思います、

覚えている、記憶している、懐かしむ、偲ぶ、
その限りではあの人はいつまでも生きていると、あえていえば心の中に生きている、、と、

人が生物学的に亡くなって、覚えている人の心の中からも消え去る歳月は何年なのだろう、
十年、十五年、二十年、、
きっと、次の世代の生物学的死亡まで、それは続いていく、

人類が織りなすたくさんの記憶の交錯の中で、人は生きてきたし死んでいったのかもしれない、
子が生まれ孫が生まれるということは、血のつながりが永らえたことと同時に、記憶のつながりが永らえたということ、

血は肉体的なもの、記憶は知、知のつながりこそは自らの意志で選び取るもの、
血のつながりのある次世代が、ぼくを記憶することを選ぶのか選ばないのか、
最近、そのことが少し気になるのだ、、





2014年7月14日月曜日

ワールドカップ

アルゼンチン対ドイツの試合は、おおかたの予想通りにドイツの勝利となり、今回のワールドカップが終了した、

ぼくは、もう何十年もオランダサッカーを応援してきたので、オランダが準決勝をPK戦で敗退したときにはとても残念だったけれど、良い試合が見られたということで、結果には満足している、
コロンビアのロドリゲスという4年後に期待できる有力な若手も発見できたし、ネイマールやメッシの華麗なドリブル、そしてゴールも目の当たりにできた、

オリンピックを上回る規模と熱気と予算でおこなわれるワールドカップ、
以前、バレーボールの世界大会をワールドカップと呼んだこともあったのだが、ワールドカップといえばサッカー、サッカー以外のワールドカップはありえない、
なので、いつしかバレーボールからワールドカップという呼称は消えていった、

ドイツの組織的なプレイに、メッシを中心とする南米サッカーがついていけなかった、
メッシに対するブロックが徹底しその力を発揮させなかった、
個人技重視といわれるサッカーでも、これからは個人技だけでの優勝は難しいということなのだろう、

南米からはブラジルのペレ、アルゼンチンのマラドーナ、コロンビアのバルデラマと、その時代時代を象徴する何人ものスーパースターが生まれてきた経緯がある、
その伝統のとおりに、今回も、4人5人と相手守備陣をドリブルで抜き去り、ゴールを決める、そうした華麗な個人技が随所で見られた、
しかし優勝はできなかった、、

世界的にみても、南米やヨーロッパだけが格段に強かった時代は過去となってしまった感がある、
アフリカも強くなったし、アジアも力をつけてきた、
4年後はどこの国が8強になり、4強に残るのか、予想はつくものの、たぶんそれは外れるのだろう、
前回の覇者スペインが、予選リーグで敗退することを予想できなかったように・・、、

ぼくはそれでも、これからもオランダの優勝を願うのだ、、

☆昨日は7月の俳句の会

宮殿は周囲三尺金魚の王

兼題が金魚だったので、上の句を出し何点か点が入った、
披講(読み上げ)担当だったので、点数を書き込めなくて、入った点数はわからない、

主宰(75歳)が、骨肉腫のために足を切断することになったのだとか、
5月の句会を最後に闘病生活のために句会をやすんでおられた、
足を残す治療を最優先に模索されていたと思うのだが、結果は最悪となってしまった、
高齢での足切断、義足という方法もあるのだろうけれど、慣れるまでは大変、
もし車いす生活になったら、生活面で相当な支障が予想される、

俳句命、俳句が人生の全てのような主宰なので、句会に出席できないことだけでも、身を灼くじれったさにとらわれていることだろう、
これからどうなるのか、主宰抜きで句会を続けるのか、やめてしまうのか、わからない、、